長良川の鵜飼いが明日で今年一年のシーズンを終わりますので、私を育んでくれた長良川と、岐阜の観光のシンボル、長良川の鵜飼いについて、たまには真面目に考えたことを書いてみたいと思います。
岐阜の観光のシンボルも乗船客の減少傾向が続き、ここ数年は平成元年の半分以下の10万人そこそこで停滞しています。原因は別にして、来てくれた人がまた来てくれる、来てくれた人が良かったと宣伝してくれる、そういう鵜飼いではないというこです。長良川の鵜飼いは「チャップリンの愛した鵜飼い」と宣伝されていますが、昭和11年と昭和36年(私の生誕の年)の二度訪れたチャップリンは、一度目は、その静寂な闇の下で繰り広げられる神秘的で幻想的な鵜飼いに感動しますが、二度目は、もはや、《このあたり目に見ゆるものは皆涼し》でも《おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな》ではなく、ひどく落胆するのです。「チャップリンの愛した鵜飼い」というのは、「チャップリンの愛した鵜飼い」として誇らしく語られるような話ではなく、現在の鵜飼いの現状を象徴する教訓として受け取らなければなりません。
私は少年時代、夏休みは毎日のように長良川で泳ぎました。ちょうどその頃が長良川河口堰反対運動の最盛期だったと思います。当時子供ながらに長良川河口堰の研究をしていましたので、「川吠え」という反対運動グループの機関誌を読んだり、その勉強会に行ったりしました。あれから30年以上の歳月が流れて、川の様子で一番変化したことは水量が減ったことでしょうか。当時ですらそう思っていましたが、更に更に少なくなっています。今年一度だけ、子供と一緒に川に入りましたが、浅瀬は藻がひどくて泳げたものではありません。当時も渇水になってくると藻は浮いてきましたが、こんなにひどくはありませんでした。いまさら嘆いたところで、私も含めて社会全体が自然環境よりお金を取って生きてきたのですから自業自得ですが、しかし、地球温暖化の問題を始め自然環境全体の状況というのは相当に危機的であると多くの科学者が警告を発しているなかで、藻がからみつこうが、洗剤で洗い流して自分の体だけきれいにすればいいということではもう許されないところにきているのだと思います。自然環境を守る、自然環境を回復するということは、地球全体の問題ですから、中国のように国力を上げることに血眼になっている国家や、京都議定書に締結しない国家があっても、経済優先の社会構造であるとか、物質文明の価値観というものを国家も個人も変えていかなければいけないわけです。それは個人の力では遠く及ばないことであっても、一人一人が考えるところから始めるしかないのです。そういう意味で、川というのは人間の自然との関わりを映す鏡みたいなものですから、まず、身近な川の環境を考えるということは、その具体的な第一歩になるのではないかと思います。
「ダムのない唯一の川」といわれた長良川を、本当の清流に戻すことは、岐阜だけの問題としてではなく、日本の環境運動の象徴としてのテーマに成りうるのではないかと私は思います。また、岐阜の観光のシンボル「長良川の鵜飼い」の抱えている問題も、長良川とそれを取り巻く自然環境全体のなかで考えていかなければならないことだと思います。そして、それは、自然とともに生きる、これからの《人間と都市》のイメージでもあるはずです。