社会

野茂英雄投手

「僕の場合は悔いが残る」と言って、野茂英雄投手が現役を引退した。
私は、世の中に野茂英雄のような存在がいるということの、意味というか価値はもの凄く大きいと感じます。ある意味で人間の在り方の指針になるような存在感を野茂英雄は持っていた。そういう意味で野茂英雄投手の現役引退はもの凄く寂しいし惜しい。野茂英雄という人は多くを語らない。語らなくても全身が自分の存在を強烈に主張している。彼にとって大切なことは、真の職人が、ひたすら寡黙にその技術を修練させる存在であることと同様に、純粋に技術の高さを競う野球の世界で自分自身の存在を確認することに他ならなかた。彼に、社会がその保身や偽善や金儲けのために作ったインチキなルールは通用しない。野茂英雄は真に野球をする存在として、自分をむき出しにして最初から最後まで野球のなかに生きた。(もちろん戦いながら) しかし、スポーツの世界は哀しい。体力の衰えはいかんともしがたい。野茂英雄はついに引退した。

これほどすがすがしいプレイヤーを私は他にしらない。

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『いたずら編』の続きだぎゃー

『いたずら編』の続きだぎゃー。岐阜市立女子短大の学生がイタリアの世界遺産サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の大理石の壁に落書きしたという一件は、いたずらをした女子大生が自費で再訪し謝罪する一方で、親善大使に任命されるという、女子大生にとっては、ありがた迷惑な展開でしょうが、後は、女子大生がひたすら小さくなっていてさえいれば、めでたく一件落着と相成るでしょう。この、馬鹿馬鹿しい〈いたずら問題〉のそもそもの発端(馬鹿のはじまり)は、こころの美しい観音様のような人が発見する前にわざわざ大学へ通報する暇な(明るい)人間に発見されてしまったことと、(観音様のような人なら通報などせず、消してくださっていたでしょうから) 岐阜市立女子短大の学長がユーモアのない〈おりこう〉な学長であったことでしょう。(いっそのこと、大学を表彰してくれたらいいのに) しかし、『知と愛』ふうに、この問題を解釈すれば、この学長のように、大学を代表していると思いこんでる連中のこころの中に、所謂、「面子」「体裁」「保身」の日本が古来より育んできた儒教精神が息づいていると考えれば、それはそれで、日本文化を内外にアピールできたということで、一定の評価もできるだぎやー。

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「蟹工船」

昨晩降り始めた雨は、今朝も降り続いて、出窓を叩く雨音がどこか心地いい。わたしは若い頃の一時期、雨が降ると休みになる仕事をしていたので、朝起きて、今日は一日雨になりそうだなと思うと、その一日の収入は無くなっても、そのかわりの自由を与えられたような幸せな気分になったもので、そんな記憶の残像が今もそんな気持ちにさせるのかもしれません。今、小林多喜二の「蟹工船」がブームだという。その理由に、蟹工船に似たような労働状況が今あって、そういうところで働く若者の共感があるからというようなことを誰かが解説していました。わたしは若い頃、小林多喜二を読んで、小林多喜二の描く労働者に自分を重ね合わせて読んだのではなく、プロレタリア作家であり、プロレタリア活動家であったがために、特高警察の拷問を受け惨殺された小林多喜二の生き方に、自分が同時代に生きていたらどうしただろうというように、自分を重ねて読んでいたと思います。そういうわたし自身の若い頃と照らし合わせれば、小林多喜二ではなく、「椎名麟三」という作家のほうが、今の若い人の共感を呼ぶのではないか、そのほうがわかりやすいなという感じがします。《朝、僕は雨でも降っているような音で眼が覚めるのだ。雨はたしかに大降りなのである。それはスレートの屋根から、朝の鈍い光線を含みながら素早く樋へすべり落ち、そして樋の破れた端から滝となって大地の石の上に音高く跳ねかえって沫をあげているように感じられる。しかもその水の単調な連続音はいつ果てるともなく続いているのだ。ただこの雨だれの音にはどこか空虚なところがある。僕が三十年間経験し親しんで来た雨だれの音には、微妙な軽やかな限りない変化があり、それがかえって何か重い実質的なものを感じさせるのだが、この雨だれの音はただ単調で暗いのだ。それはそれが当然なのであって、この雨だれの音は、このアパートの炊事場から流れ出した下水が、運河の石崖へ跳ねかえりながら落ちて行く音なのだ》(深夜の酒宴)という椎名麟三の小説に、わたしは自分を重ねて読みました。椎名麟三という作家は、今はあまり読まれないだろうと思いますが、「蟹工船」を読んだら次は、「一九二八年三月十五日」(小林多喜二)を読んでみる。プロレタリア文学に興味を持ったら、次は中野重治を読んでみる。今の若い人に「蟹工船」がどう読まれているかはわかりませんが、そういうふうに若い人の文学体験がひろがっていけばいいですね。

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無題

今日の夜9時頃に電話があって、出てみると、ヤフー代理店のネクシーだとかネグシーだとか言って、ホームページ制作のアドバイスとかなんとか言うので、「あんた今何時だと思ってんの、営業電話でしょ、非常識じゃないの、社長にそう言われたと言っておいてよ」などと言うと、「すみません、申し訳ありません」と恐縮して謝って、「失礼しました」と相手が言ってその電話は終わったけれども、後から、相手の素直な気の弱そうな真面目そうな印象が浮かび上がってきて、ちょっときついことを言ったなどとは全く思わないけれど、多少は、「早くそんな会社はやめてしまえよ」というような、気の毒な気持ちも若干よぎってきました。そうかと思えば、以前、「うちは用がありません。」と言うと、突然豹変して、「アホ、死ね」とか言ってガチンと切った電話もあって、ずいぶん後味の悪い、腹立たしいことがありましたが、どちらにしても、営業は、相手のところに出向いて、お願いするのが本当のあたりまえの営業の姿ではありませんか。

久しぶりのブログ復活ですが、それには理由がないでもありませんが、また書き始めることになるように、そのきっかけになればと、たわいのない今日の出来事を書いてみました。

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読売新聞

民主と自民の大連立構想も、小沢一郎の辞任騒動も、小沢一郎の涙の記者会見で一応収束して、党首会談以前の参議院与野党逆転の対立構造に戻ったわけですが、一番ダメージを被ったのは、というよりダメージを被るべきは一連の騒動の仕掛け人といわれる渡辺恒雄以下読売新聞ではないですか。この新聞社が新聞社としてどう問題があるかは、その論調とか政治性から窺わなくとも、読売ジャイアンツであるとか、読売ベルディーであるとか、異常なまでに「読売」という社名を外そうとしないその偏って、根性の狭い、新聞社でありながらそのパブリックな姿勢の無さからして、十分にこの新聞社の体質というものを想像できるのではないかと思います。すべては、渡辺恒雄という人の人格、思想というものが読売新聞の血肉に染み渡っているのだろうと思いますが、こういう人物を廃除できない読売新聞の構造というのはもはや腐っているとしかいいようがない。だからといって、朝日新聞がまともだとも全く思いませんが、賢明なことは、テレビや新聞が垂れ流す情報や意見を鵜呑みにしたり信用するのではなく、ちゃんとした発言をする人が誰かをしっかり見極めることです。それは簡単なことではないですが、少なくとも公正な論拠でものを発言しているかをよく見ることではないでしょうか。もう一つは、自分自身を立派な人間だなんて思っている人は、そもそも問題があると思ったほうがいいでしょう。

今日は、本当は小沢一郎という人について書こうと思ったのですが、また次にします。

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七五三

11月というのは七五三で神社が賑わうのですね、わたしの親は七五三とか宮参りとかはしなかったです。どうしてかは聞いていませんが、マルクス信奉者(家には髭面のマルクスの肖像画(印刷)が飾ってありました)だったということもあるでしょうが、要はビンボーだったからそんな余裕がなかったのではないかと思います。まあビンボーが先でもマルクスが先でもどっちでもいいですが、わたしもそういうことはしないですね、親に習っているからではないですが、なんか嫌なんですね。

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亀田親子

亀田親子の長男が謝罪会見をしましたが、人間はあんまりスタイルを変えてはいけません。親父さんは出てこずに何だかんだ言われてましたが、親父さんとしてはこれ以上世間に情けない姿をさらすのは耐えられなかったのではないですか。その点、急に真面目面になった長男よりは私は好きですが。彼らにボクシングを冒涜しているとか、本当のボクシングを知らないと批判してもしょうがないように思います。昔から不良なんて者に男らしいとか正々堂々なんてないのですから、ヤクザの世界だって任侠なんてないでしょう。「玉をねらえ」とか「眼を潰せ」なんて彼らにとって自然なハッパであって、反則ぎりぎりの戦法でいけという意味でしょう。結局投げ飛ばしたことがすべてのことの始まりで、それはそれでボクシングルールのなかでペナルティーを受ければいいことです。要するに私としてはボクシングを超えて何かを表現してくれるような、そんなボクサーを今の若い人たちに見てもらいたいし、知ってもらいたいのですが、それを今の時代に期待しても難しいことです。わたしは子供の頃、毎月出るボクシングマガジンを本屋で立ち読みをするのを楽しみにしていた程度のボクシングファンですが、大場政夫、柴田国明、輪島功一、強かったし格好良かったし、子供ながらにしびれてテレビで見ていました。日本のボクシングもせいぜい具志堅用高までですが、私にとっては「僕に人生を教えてくれた優しいおふくろ・・」ではなく、彼ら日本の本当の強くて魅力溢れるボクサーは、僕にひとつの人生を教えてくれたと思っています。

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秋の一日

私は小学校の6年生の時(昭和46年)、「長良若鮎少年サッカー団」というサッカークラブに入っていました。監督兼主宰者は親父の同級生だった人で、その息子さんが時々コーチをしていました。コーチと言っても私より二歳上ですから中学2年生です。ある日、監督は都合が悪かったのでしょう。そのコーチに連れられて、バスと電車を乗り継いで試合に行ったことがありました。今から思えばのんびりしていますが、後ろを何度も振り返るコーチの後をぞろぞろとついて歩いた日のことを今もときどき思い出します。今日は日曜日でしたね、気持ちのいい秋の一日になりそうだし、息子のサッカーで忙しいと言っていた私の従兄弟は、きっと今日も家族でサッカー応援でしょう。

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亀田親子

今朝、亀田親子が記者会見した様子をテレビで見ましたが、私の子供の頃、こんな家族はめずらしくなかったのでどこか郷愁をそそられます。親父さんの「どうもすみません」と言って頭をちょこんと下げたところなど昔懐かしい不良の態度そのものです。昔怖かった不良が「ごめんなさい」なんて言う姿を見るのは、そこはかとない喜びを感じないではないですが、調子に乗って「反省しろ」なんて言ってるとあとでどづかれますから、そんなことは間違ってもよういいません。

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結婚式

私は結婚を二回していますが、二回とも結婚式をしてません。私がそういうことを嫌いだということもありますが、一回目は18歳の時に駆け落ちから結婚へとなだれ込んでしまったので、周りから祝福されるなんていう雰囲気ではなかったし、2回目は、上さんがウェディングドレスを着たいとか指輪が欲しいとかそういうことを思わない女性なので、 簡単に向こうとこっちの親を食事に招待して、後は上さんの親父さんが親戚の人に挨拶だけはしてくれと言うので個々に菓子折を持っていって終わりです。昨日、私をいつも攻撃してくるK岡君という友人が結婚式に夫婦子供(1歳)で招待されたというので、祝儀はいくらと聞いたら「5万円」というので、「ええっ!!そんなに少ないの」と言ったら、「そうかな、そうかな」とうろたえておりましたが、そんなこと本当にくだらぬことだと思うとです。

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長良川・《人間と都市》のイメージ・長良川鵜飼い

長良川の鵜飼いが明日で今年一年のシーズンを終わりますので、私を育んでくれた長良川と、岐阜の観光のシンボル、長良川の鵜飼いについて、たまには真面目に考えたことを書いてみたいと思います。

岐阜の観光のシンボルも乗船客の減少傾向が続き、ここ数年は平成元年の半分以下の10万人そこそこで停滞しています。原因は別にして、来てくれた人がまた来てくれる、来てくれた人が良かったと宣伝してくれる、そういう鵜飼いではないというこです。長良川の鵜飼いは「チャップリンの愛した鵜飼い」と宣伝されていますが、昭和11年と昭和36年(私の生誕の年)の二度訪れたチャップリンは、一度目は、その静寂な闇の下で繰り広げられる神秘的で幻想的な鵜飼いに感動しますが、二度目は、もはや、《このあたり目に見ゆるものは皆涼し》でも《おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな》ではなく、ひどく落胆するのです。「チャップリンの愛した鵜飼い」というのは、「チャップリンの愛した鵜飼い」として誇らしく語られるような話ではなく、現在の鵜飼いの現状を象徴する教訓として受け取らなければなりません。

私は少年時代、夏休みは毎日のように長良川で泳ぎました。ちょうどその頃が長良川河口堰反対運動の最盛期だったと思います。当時子供ながらに長良川河口堰の研究をしていましたので、「川吠え」という反対運動グループの機関誌を読んだり、その勉強会に行ったりしました。あれから30年以上の歳月が流れて、川の様子で一番変化したことは水量が減ったことでしょうか。当時ですらそう思っていましたが、更に更に少なくなっています。今年一度だけ、子供と一緒に川に入りましたが、浅瀬は藻がひどくて泳げたものではありません。当時も渇水になってくると藻は浮いてきましたが、こんなにひどくはありませんでした。いまさら嘆いたところで、私も含めて社会全体が自然環境よりお金を取って生きてきたのですから自業自得ですが、しかし、地球温暖化の問題を始め自然環境全体の状況というのは相当に危機的であると多くの科学者が警告を発しているなかで、藻がからみつこうが、洗剤で洗い流して自分の体だけきれいにすればいいということではもう許されないところにきているのだと思います。自然環境を守る、自然環境を回復するということは、地球全体の問題ですから、中国のように国力を上げることに血眼になっている国家や、京都議定書に締結しない国家があっても、経済優先の社会構造であるとか、物質文明の価値観というものを国家も個人も変えていかなければいけないわけです。それは個人の力では遠く及ばないことであっても、一人一人が考えるところから始めるしかないのです。そういう意味で、川というのは人間の自然との関わりを映す鏡みたいなものですから、まず、身近な川の環境を考えるということは、その具体的な第一歩になるのではないかと思います。

「ダムのない唯一の川」といわれた長良川を、本当の清流に戻すことは、岐阜だけの問題としてではなく、日本の環境運動の象徴としてのテーマに成りうるのではないかと私は思います。また、岐阜の観光のシンボル「長良川の鵜飼い」の抱えている問題も、長良川とそれを取り巻く自然環境全体のなかで考えていかなければならないことだと思います。そして、それは、自然とともに生きる、これからの《人間と都市》のイメージでもあるはずです。

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《裏側》

《社会の裏側》というのは、なかなか見えないものです。私は若い頃チリ紙交換をしていました。チリ紙交換というのは、走りやすいところを廻っていても紙は集まらないので、できるだけ他の業者の入っていかない、家の垣根がガサガサとトラックのボディに当たるような細い道を入っていきます。そうすると、「ああこんな生活をしている人たちがいるのだ」と思うよなところに入り込むことがあります。いわゆる《被差別部落》です。
 チリ紙交換は、人が手を振ってくれると、そこへ行って新聞紙や雑誌をもらってきますが、「若いのに大変だね。」とか「今日は暑いね。」とか声を掛けられることはまれで、たいがいはムスッとして早く縛って持って行けなんて顔をしています。私は日本人は親切だなんてことを今でもまともには信じていません。

『無限回廊』という面白いサイトがあります。日本のおもだった犯罪を執拗に綿密に淡々と記しています。どれも社会の裏側、人間の裏側を垣間見せてくれる話ばかりです。

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選挙

先日のブログで、選挙に行ったことがないと書きましたので、それについて補足しておきます。私の解釈では、選挙には行かなくても非難されたり非国民扱いされたりするいわれはないということです。選挙に行く権利もあれば行かない権利もあるのです。宮崎哲也というテレビによく出ている人が、選挙に行かないような人間は国民でないというようなことを息巻いていましたが、たかだか選挙に行かないことで国民でないなんて、あんたは戦争中の町内会長かといいたくなります。ともかく、選挙に行かないことも、「思想及び良心の自由」なんです。こんなことは憲法に書いてなくても普遍的な人間の権利です。この話は、国家とは何かという難しい話とは切り離して成り立つ正論だと私は思っていますが、「たかだか選挙」とは思ってはいない人とは、国家とは何かというところで議論しなくてはならないでしょうから、それは今後「食いものや賛歌」他でとことんやっていこうと思っております。

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教科書検定問題

来年度の高校歴史教科書から、沖縄戦での旧日本軍による自決強制の記述が検定で削除されたことが問題になっていますね。これまでも従軍慰安婦や南京大虐殺の記述など度々同じような問題が起こっていますが、靖国の問題も含めて、また憲法九条の論議も含めて、それ以前の本質的な問題は、戦後日本は日本の敗戦について徹底的に検証し総括したのかということです。私は「国家フリーター」みたいなもので、日の丸にも、国歌にもまったく愛着を感じないし、一度も選挙に行ったことがない人間ですが、私がもし、政治家でも、文部科学省の役人でも、国家に属する立場の人間であったら、なぜ日本が戦争に負けたのかではなく、なぜ日本は戦争に勝てなかったかということを、徹底的に科学的に客観的に明らかにする作業を何よりも優先してやりますよ。「靖国で会おう」といって死んでいった人たちのためにも。ちゃんと総括ができれば、「沖縄戦の実態について、誤解するおそれのある表現である」なんて中途半端な発言をする役人はいなくなるでしょう。

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山口母子殺害事件に関連して

世間には死刑を肯定する人も、否定する人もいるでしょう。しかし、死刑廃止論という立場が当然あると理解することは、ごく常識的な見識ではありませんか。つまり、死刑廃止論者で、弁護士であれば、当然この山口母子殺害事件において、当時18歳の少年の死刑を阻止するのは、弁護士としてあたりまえの行動です。そういう意味で、当時18歳の少年の犯した罪の大きさ、また、被害者家族の無念な思いとは、別の話です。

この話は今日で終わりにしたいと思いますが、死刑に対する私の考えを少し書いておきます。まず第一に、死刑という刑罰を肯定する思想や論理はありえないだろうと思います。それは、無抵抗な人間を殺すこと、たとえば、この被告もそうですが、誰が殺すのか、誰がこの極悪非道な被告の首に縄を掛けるのか。現実には日本で死刑は執行されていますが、それは法律に合法であるだけで、死刑執行官の手は人を殺すわけです。しかし、人を殺すなということは、法律など遙かに超えたところにある、人が人と認められるかどうかの根源的な倫理であるはずです。何であれ、どうであれ、無抵抗な人を殺すには、誰かの手が人を殺さなくてはならないのですから、それはありえないことだと私は思います。
もう一つ、
人を殺すというような犯罪、そこには人間の深い業のようなものが横たわっているのだと私は思います。誰も人を殺したくて殺すのではない。誰もが幸せに生きたいはずです。そういう人間のこころの深い闇を、裁判という制度がどこまで明らかにできますか。裁判という制度は近代社会には不可欠なものであることはいうまでもありません。しかし裁判がすべてを明らかにできると考えることは、明らかに権力の傲慢であり、われわれ社会の傲慢であると私は思います。

最後に
私はこの被告を殺したところで、二人の最愛の家族を失った本村洋さんのこころは何一つ救われないと思います。彼自身もそんなことは百も承知だと思います。百も承知で、彼は被告人に死刑を望んでいるのだと思います。

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山口母子殺害事件に関連して

山口母子殺害事件の差し戻し審で弁護団が非難されていますが、おかしな話です。彼らは死刑廃止論者で、被告はこの差し戻し審で死刑が確定するわけです。さらに、被告は死刑が濃厚なところへ追い込まれているわけですから、どんな手段を使っても、それこそ脱走させてでも死刑を阻止しなければならないわけです。被告人がどれだけ極悪非道であろうがそんなことは関係のない話です。そういう意味で、安田好弘という弁護人は真っ当な人だと私はテレビを見ていて感じます。

この話、明日も書きましょう。

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