社会

『日本はもう少し個人が自立した社会になれないか』

個人が自立した社会というのは、国に対しての一個人、会社に対しての一社員、学校であるなら、学校に対しての一教員、あるいは個人でなくとも、文部科学省に対しての教育委員会、教育委員会に対しての学校であってもいい。そういう個にあたる者が統括するものに対し単純に安易に受動的に従うのではなく、自らが考え、自ら判断し、自らの責任で行動する、そういう個によって成り立つ社会、それが本当の民主社会、成熟した自由な市民社会であって、そういう社会であるべきだと私は思う。では、今の現実の日本の社会はどうか、個人は自ら考え、自ら判断し、自ら責任を負って行動をしているか、そうではないだろう。それとは反対に自ら責任を負うことを恐れ保身にのみ汲汲としてはいないか。さらに、日本人は北朝鮮人と同じように元来が全体主義気質なようであるから、すべてが白に染まることにも赤に染まることにも、それを気味悪いとか気持ち悪いとか異様であると感じる感性に乏しい。結果、列を成してその列からはみ出さないことばかりに神経をすり減らし物事の本質を見失う。そして憂うべきはマスメディアである。私はマスメディアの特にテレビ局に大いに問題を感じる。例えばつい先日のテレビ朝日の報道ステーションでは、民主党と自民党を比較した世論調査について《それは意外なものであった・・》とCMの直前でナレーションを流しその結果をCMの後に続けた。《それは意外なものであった・・》と感じたその主体は誰か、こういうその主体のわからない安易で無責任なアナウンスを今のテレビ局は平気でする。私はテレビ局がテレビ局の意見や感想を述べるなと言うのではない。述べるのであれば、「どうなんでしょうか・・・」とか、意味の分からない表情で次のニュースに移るのではなく、はっきりと「私はそう思います」とか「そう考えます」とその主体とその意見をはっきり示すアナウンスをするべきである。そして、(新型インフルエンザについて)冷静に対応してくださいといいながら、逆に不安を煽るようにセンセーショナルに喧伝するのであれば事実を正確に坦々と伝えることに徹するべきである。私は先に挙げた国であるとか会社であるとか学校であっても同じように、組織はその中心に真っ当な見識があってはじめて真っ当に機能するのだと思う。そういう中心のない組織は翻っていえば、責任の所在のわからない組織であり、自らが考え、自ら判断し、自らの責任で行動するという個人の自立した姿をそこに想像することのできない組織である。今のテレビ局や新聞はそういう組織ではなく真っ当な見識が働く真っ当な組織であると断言できるであろうか。問題はそういう組織が巨大な影響力を持つメディアを手中に持ってそれを行使するということである。さて、原点に戻る。日本人はどんな場面でも、自らが考え、自ら判断し、自らの責任で行動することができるか。日本人は先に挙げた、国、会社、学校のような個人を統括するものが個人を覆い個人の上に聳えるものだと信じてはいないか、国の組織、政府や検察や裁判所をいまだに『御上』だと信じてはいないか、テレビや新聞の報道を鵜呑みにしたり煽られたりしてはいないか。私はなにもそれらを信じるなとか無用であるとか言っているのではない。もしそういう組織が私たち個人を覆う絶対で巨大なもであると思うのならそれは幻想であると言っておきたいのだ。逆の言い方をすれば、自らが考え、自ら判断し、自らの責任で行動することができる個人によって成り立つ組織は、組織であっても個人の顔が見え、その意志の所在、その責任の所在が個人にあってそれが見えるということである。旧日本軍という組織が真っ当な組織として機能せず、無謀な戦争へと突き進んでしまったその原因の本質は、その中枢に真っ当な見識を有する個人が存在せず、さらに、自らが考え、自ら判断し、自らの責任で行動することができる個人によって成り立つ組織が個人の見えない、責任の所在の見えない組織に変貌していったことに他ならない。

日本はもう少し、個人が自立した社会になならなければならないのではないか。

付記

去る21日、京都で1名の新型インフルエンザ感染者が発生したことによって京都府教育委員会は、京都市にあるすべての府立学校を翌日より6日間の休校とし、同志社、立命館などほぼすべての大学がそれに追随し6日間の休校措置をとった。そのなかで京都大学は【新型インフルエンザに対する本学の方針について】として次のような声明を発表した。

【京都市内において新型インフルエンザの感染が確認されたところです。また、京都市、京都府から休校も要請されているところでもあります。本学においては、今回の新型インフルエンザへの対応のため、感染症対策会議およびインフルエンザ対応専門家グループを設置し、医学的、生物学的見地をふまえ対応方針(最新の方針は平成21年5月20日付け第4版)を決定してきたところです。 今回の、京都市内においての感染確認をふまえ、上記対策会議等で検討の結果、本学においては、現時点においては、通常どおりの授業を行うこととします。 なお、今後、流行範囲および規模、病原体の毒性の程度、学内感染の有無等の状況により、現在までの取扱いと同様に専門家の意見をふまえたうえで総合的に評価を行い、状況によっては全学一斉休校・・】

私は京都大学独自の措置が正しいとか正しくないということではなく、そこに大学としての自立の精神があり、さらに、大学の中枢に一つの見識があり、その見識が機能する組織であるということであり、つまりは、京都大学学長の見識と責任がはっきりとそこに見えるということである。余談であるが、正岡子規は雑誌「ホトトギス」を学校令の下に束縛されている学校に比して、不羈独立、やりたい放題の私塾のようなものだと喩え、私塾には一種の気風があると言った。インフルエンザの対応で揶揄するつもりで言うのではなく、私塾にそういう一種の気風があって個性的な人材を育てるのだろうと思う。

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新型インフルエンザ・京都奈良修学旅行突然中止

この頃、小沢一郎批判にしても新型インフルエンザ騒動にしても、つくづくこの国は嫌やなーと、生き苦しいなーと思いいたります。今日は娘の明日からの京都奈良修学旅行突然中止を担任から連絡を受け、腹が立って担任にまくし立てて文句を言ってしまいましたが、(万一)インフルエンザにかかって死んだっていいじゃないかと怒鳴り散らしても、こっちの気持ちは、この担任教師にも大半の日本人にもわかってもらえないでしょうから、もう決定してますからと言われてみればしょせん徒労感と無力感しか残らず、明治の頃、ゴホゴホと咳き込む子規を見舞った友人たちはたぶんマスクもしなかっただろうし、昔の日本人は結核で床に伏す身内や友人にどういう心情で接していたか、それを想像すると、そのころの日本人は今よりは遙かに凛としていたというか淡々と生きていたのではないかと、空しい気持ちの向こうでぼーっと思い浮かべます。

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「結婚式祝賀会実行委員会」

今朝の中日新聞に、ノーベル賞の益川敏英さんの結婚式の話しが載っています。(名古屋ノーベル賞物語19)「山椒は小粒でもぴりりと辛い益川君 しっかり屋で時には甘えん坊の高橋さん」「彼は素粒子を知りたい 民主的な社会を築きたいと 彼女は平和で豊かなくらしが出来る世の中をと、共にがんばっています」。これが、昭和42年(1967)に結婚された益川敏英さん、高橋明子さんの結婚式祝賀会の招待状に書かれた言葉だそうです。二人の結婚式は、仲間たちによって「結婚式祝賀会実行委員会」が組織されて、「家庭の民主化とは」「家同士の結び付きでなく本人同士の意思が大事」「平和だからこそ結婚も、研究もできるんだよね」と結婚式祝賀会実行委員会ではそんなことが論じられ、結婚式は神や仏の前ではなく、二人の恩師の坂田昌一さんが「式司者」となり「友前」式で行われたそうです。当時、私は6歳。私の父は全共闘以前の全学連世代にあたり、家の壁にはマルクスとチェ・ゲバラの写真が掲げてあるような家庭でしたので、ベトナム戦争が次第に泥沼化し学園紛争が活発になっていく当時の時代の雰囲気のようなもは、幼い記憶のなかにも、多少は感じることができます。益川敏英さんも、そういう時代の真っ只中に二十代を生きて、デモに参加したり、米原子力潜水艦寄港反対運動の会場に講師役で派遣されたりしたそうで、この結婚式祝賀会の招待状も、「結婚式祝賀会実行委員会」という名称も、いかにもこの時代の人たちだなと感じます。今、それから40年以上の月日が流れ、時代の様相も一変し、今の二十代の人たち、それは私の世代も含めてですが、その当時の益川さんのような人たち、その時代とその人たちの心持ちのようなものをどんなふうに感じるのでしょうか。たぶん、特に今の二十代の人たちは、何も感じないでしょう。何も感じないことにとやかく言おうとは思いませんが、どんな時代であろうと、社会や国家にはその構造というものがあって、その構造のからくりのようなものを見抜く力がなければ、特にこれからの世の中は、個人が個人の力で生きていくことが非常にしんどくなる。今日の益川さんの結婚式の話しを読んで、そんなふうなことを思いました。

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裁判員制度

来年から裁判員制度というのが始まりますね。
私は法律の専門家ではないけれど、こういう制度を法律として定めることに多いに問題はあーりはしませんか。これは、私の体験的法律解釈ですが、まず大前提から申し上げれば、基本的に法律よりも、自分の信じる意思の方が上段にあって、その信じる意思が真に普遍的真実を反映しているのなら、法律はその意思の下にあって然るべきものです。要するに、法律というものは、絶対的に個人を支配するものではないということです。ですから、イラクでの自衛隊活動を違憲とする判決が下されても、靖国神社参拝を、憲法で禁止されている宗教活動に当たるという違憲判決を受けても、〈そんなん関係ねえ〉とばかり政治家は無視している。立派な政治家先生が法律を無視する手本をみせてくれているわけです。三権分立という、インチキな建前がありますが、三権分立というのなら、四権分立にして、そこに個人と加えるべきですね。私は、以前このブログで、『小沢一郎と日本の国際貢献』と題して、《日本は国際社会の一員として、国際平和への責任を負わなければならない。そして、それについては国連が中心になって議論をし、国連の同意による、国連の活動としての自衛隊の海外派遣を法制化しなければならない。これは、いかにも正しく、立派な人間の振るまいのように思えます。小沢一郎先生が吉田松陰先生になって、正しい道には困難もある、嫌でも引き受けなければならぬこともある、そのためには命を投げ出す覚悟も必要なのだといっているわけです。しかし、しかしです、しかしそれは正しくとも、日本にとって間違った選択だとわたしは今後論考を進めたいのであります。》と書きました。この先で私が言おうとしたことは、当然、その向こうに『徴兵制』という問題が開けてくるわけです。こういう問題、どういう問題かといえば、個人の意思や自由というものに対置する『徴兵制』、あるいは『裁判員制度』、つまり現実の形として露呈してくる『個人』と『国家』という問題です。私は冒頭、法律というものは、絶対的に個人を支配するものではないと申し上げましたが、それはあたりまえの個人「律」、心構えのようなものです。そうでなければ、法を破って革命など起こせないでしょう。例えば、大日本帝国憲法というものがありますが、その第1章第1条に、《大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス》と書かれているわけです。こんなものは、こんな私でなくとも、今は誰も認められないでしょう。少々話しを纏めますが、『憲法』というものがありますが、ここには、その法体系の総論、基本的理念を表明し、法律はその理念の下に構成されるわけです。私は、市民社会(国家ではなく国)というもは、個人個人が成長し、本当の意味(公正な)での市民法を築かないといけないと思うわけです。話しが纏まるばかりか拡散していきますが、日本の封建社会、あるいは封建制というものは、結局、敗戦まで引きずられて、日本人と、世界の多くの人々の惨憺たる犠牲の上に、崩壊したわけです。取り敢えず崩壊した。そして、それが占領国憲法であろうがなかろうが、『日本国憲法』というものができたわけです。私は、前文を含め、ほぼ素晴らしい憲法だと思いますよ。ただ問題は、第1章の「天皇」と、第2章「戦争の放棄」で、「天皇」については、単純な言い方で申し訳ないけれど、天皇がお気の毒ですよ。今の皇太子は私と同じ世代で、以前は、同世代では私の最も尊敬する人物の一人でした。それは、人間が正直で純で、それが人格から醸し出ていて、奥さんを、私が命懸けで、とは言わなかったけど、私が守ると宣言したでしょう。私の不満は、その奥さんを幸せにはしていないところですが・・、要するに、本来は天皇家は天皇家。昭和天皇の子が天皇を《世襲》するなどという、不公正であり、市民社会の原理に最も反目する概念を憲法で規定することはないのです。ですから、せめて、天皇は国事行為などせず、日本の文化としてこれを保持する程度にして、天皇家が伝承してきた習俗を保存していってもらえればいい(あくまでも、それすら天皇家の自由意志にまかせるべきですが)。「戦争の放棄」については、戦争なんて、こっちの任意で始まるわけではないので、向こうから喧嘩してきたら、どういう方法にしても身を守らないかんわけで、こんな条文は、それこそ基本的市民権に反しますよ。そういうことで、この二つを除けば、前文を含めほぼ素晴らしい憲法だと私は思います。ですから、私は何も単純に法律は守らなくていいと言っているのではないわけです。私は、基本的に日本国憲法を支持しているのですから、革命を起こそうなんて微塵もたくらんでいないわけです。それどころか日本国憲法を遵守する精神です。そこで、長々、だらだら書き綴っておりますが、要するに、私は、死刑制度を是認している日本の司法の要請には従いたくないのです。さらに本心を言えば、死刑制度があろうがなかろうが、権力の側には立ちたくはないのです。こんなふうに言うと、『裁判員制度』は、司法に市民の感覚を反映させて、より公正に行うためだと反論されるでしょう。しかし、そうであるなら(ここのところが一番言いたいポイントなんです。)、この『裁判員制度』には、出頭を拒否すると罰則規定がありますが、そんなものは不要なんです。絶対に任意でなくては駄目なんです。これが、権力の横暴、思い上がりなんです。こういう性質、それは『徴兵制』も同じですが、法律は、こういう問題に関して、市民に対し強制力を有してはいかんのです。こういう問題、というのは、当然、日本国憲法に規定してある、『第19条、思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。』という、本質的な個人の自由意思に懸かる問題ということです。その自由意思は、別に思想的であろうがなかろうが、行きたくなければ、理由などどーうでもいいのです。つまり、少なくとも、この『裁判員制度』の罰則規定は憲法違反であると私は考えます。もっとも、最高裁は、憲法違反という後ろめたさがあるから、召喚を受けた裁判員候補者、裁判員又は補充裁判員が正当な理由なく出頭しないときは、過料に処せられと、何が正当なのかさっぱりわからない言い訳を付けているわけです。要は、売れっ子キャバクラ嬢であろうが、私のように売れない美術商であろうが、行きたくなければ、堂々と拒否していいぞーと私は主張したいわけです。ついでに言うと、WBCの原ジャパンに参加したくなければ、それがケガが理由であろうが、愛国心など微塵もないことが理由であろうが、そんなことはどちらでもいいわけです。そういうことが、自然な市民意識のなかで了解されていく、そういう社会が成熟した市民社会というものだと私は思います。それにしても、世も末、末法の如く、この悪法、『裁判員制度』を日弁連が後押ししているんですからね。

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全国展開する海外留学仲介大手「ゲートウェイ21」の破綻から。

『なぜ急にこんなことに』『これでは詐欺も同然』。『心配して足を運んだ女子会社員(20)は営業停止を知らせる張り紙を見るなり泣き崩れた。来年3月からカナダ留学予定だった。費用として支払った約120万円は高校卒業後、三年間働きながらこつこつとためた。』(以上中日新聞より抜粋)これを読んで、気の毒というよりも、阿呆やなぁ、知恵がないなと思いますね。留学するというのは、文字通り、学びに行くわけです。学ぶというのは、ただ外国語を学ぶということだけではない。異文化に触れて、多様な価値観を知って、難しい言葉で言えば「真人(しんにん)」、簡単な言い方をすれば、本当の知恵のある人間、本当に慈悲深い人間になるためにいくわけです。要するに、外国へ行って生活をする、学ぶということは、それを身を以て学ぶということですから、最初から、その第一歩を、自ら工夫することなく、わざわざ無駄なマージンを払って、パッケージツアーのごとく、人頼りにして、それで何かを学んでこれると思うなら、行くだけ無駄ですワ。

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「ペシャワール会」

アフガニスタンで31歳の若者が殺害された。若者は「ペシャワール会」というNGOに所属していた。「ペシャワール会」というのは、「誰もが行きたがらない所に行き、誰もがやりたがらないことをする」を標榜し、主にアフガニスタンやパキスタンで医療支援や農業支援をしているという。若者を殺害したのはタリバンであるか今の時点では明らかではないが、どちらにしても、アフガニスタンはタリバンの拠点があり、世界で最も危険な地域一つである。わたしは、神風特攻隊の意味がわからないのと同じように、アフガニスタンのような戦場でボランティアをする意味がわからない。この「ペシャワール会」の代表が「われわれの治安悪化に対する認識が甘かった。」と声を落としたと報道されているが、もし本当にそんなことを言ったとしたら、さらに意味がわからない。ともかく、死ぬかもしれないような所に行ってまで、ボランティアをする感性がわたしにはわからない。砂漠の上の痩せおとった子供に手を差し伸べることも、例えば、日本で、難病の子供を抱えて、病院で寝泊まりして、昼間は働いて、疲れて倒れそうなお母さんの援助をしてあげることも、今も虐待され、怯えて、泣き声をさえ出せないような子供を救出する活動をすることも、一人暮らしの老人や障害者の介助活動をすることも、戦争体験者がその体験を伝える活動をすることも、さらに言えば、それぞれの持ち前を日々一生懸命、まじめにこつこつと積み上げていくことも、《人のためになる意味》に差はない。

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赤塚不二雄と『妙好人』

『天才バカボン』の赤塚不二雄が亡くなった。
わたしは、1961年生まれなので、『天才バカボン』は小学生の頃から漫画本やアニメでお馴染みにキャラクターでしたが、どちらかというと面白いと思ったことはなかったです。ですから、亡くなったということについて特に感慨はありません。

タモリが葬儀で悼辞を読んで、そのなかで次のように言ってますね、

あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れること です。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

これを読むと、赤塚不二雄は、念仏宗でいう『妙好人』じゃないのかと思いました。
わたしは、『妙好人』というのは一種の天才ではないかと思いますが、そういう意味でも、赤塚不二雄という人は、天才だったといえるのかもしれません。

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《福田康夫首相は5日昼、8月15日の靖国神社参拝について「私の過去の行動を見てください」と述べ、参拝しない考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。》(毎日新聞)

靖国神社について、こういう《はかなく空しい》政治的な発言しかできない人が総理大臣であるということは、やはり、悲しいでしょう。日本人として、なんて言い方はしませんが、あまりに言葉が貧しい。何で、そういう場面で、自分自身の死者への気持ちを自分の言葉で語れないのでしょう。靖国神社に行こうが行かなくてもどっちでもいいけれど、『わたしは、現在の総理大臣として、毎日戦争で亡くなった人たちに向かって、手を合わせているんだ』と、こんなふうに言わなくてもいいけれど、一人の人間として、自分の言葉で、戦争を二度と繰り返してはいかんという気持ちを、どうして、靖国神社について質問されたときに、そういう時にこそ、なぜ言えないのでしょうか。以前、《わたしは、一度も選挙に行ったことがない》と書きました。また、今後もよほどのことがない限り選挙に行くことはないと思います。その理由は、単純に言えば、単純に行かなくてもいいからです。なぜ単純に行かなくてもいいかは、今は、単純には説明できませんので、今は、わたしの知的(?)感性及び直観に拠るのみとしか申し上げることができませんが、しかし、そういう次元ではなくて、個々の政治家が、あまりに《はかなく空しい》存在であることは、今の若い人たちには特に、政治というよりも、社会への関心を希薄にさせる、言いかえれば、自分自身にしか関心が向かない、そういう社会状況を生む大きな要因になっているのではないですか。

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「蟹工船」

昨晩降り始めた雨は、今朝も降り続いて、出窓を叩く雨音がどこか心地いい。わたしは若い頃の一時期、雨が降ると休みになる仕事をしていたので、朝起きて、今日は一日雨になりそうだなと思うと、その一日の収入は無くなっても、そのかわりの自由を与えられたような幸せな気分になったもので、そんな記憶の残像が今もそんな気持ちにさせるのかもしれません。今、小林多喜二の「蟹工船」がブームだという。その理由に、蟹工船に似たような労働状況が今あって、そういうところで働く若者の共感があるからというようなことを誰かが解説していました。わたしは若い頃、小林多喜二を読んで、小林多喜二の描く労働者に自分を重ね合わせて読んだのではなく、プロレタリア作家であり、プロレタリア活動家であったがために、特高警察の拷問を受け惨殺された小林多喜二の生き方に、自分が同時代に生きていたらどうしただろうというように、自分を重ねて読んでいたと思います。そういうわたし自身の若い頃と照らし合わせれば、小林多喜二ではなく、「椎名麟三」という作家のほうが、今の若い人の共感を呼ぶのではないか、そのほうがわかりやすいなという感じがします。《朝、僕は雨でも降っているような音で眼が覚めるのだ。雨はたしかに大降りなのである。それはスレートの屋根から、朝の鈍い光線を含みながら素早く樋へすべり落ち、そして樋の破れた端から滝となって大地の石の上に音高く跳ねかえって沫をあげているように感じられる。しかもその水の単調な連続音はいつ果てるともなく続いているのだ。ただこの雨だれの音にはどこか空虚なところがある。僕が三十年間経験し親しんで来た雨だれの音には、微妙な軽やかな限りない変化があり、それがかえって何か重い実質的なものを感じさせるのだが、この雨だれの音はただ単調で暗いのだ。それはそれが当然なのであって、この雨だれの音は、このアパートの炊事場から流れ出した下水が、運河の石崖へ跳ねかえりながら落ちて行く音なのだ》(深夜の酒宴)という椎名麟三の小説に、わたしは自分を重ねて読みました。椎名麟三という作家は、今はあまり読まれないだろうと思いますが、「蟹工船」を読んだら次は、「一九二八年三月十五日」(小林多喜二)を読んでみる。プロレタリア文学に興味を持ったら、次は中野重治を読んでみる。今の若い人に「蟹工船」がどう読まれているかはわかりませんが、そういうふうに若い人の文学体験がひろがっていけばいいですね。

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無題

今日の夜9時頃に電話があって、出てみると、ヤフー代理店のネクシーだとかネグシーだとか言って、ホームページ制作のアドバイスとかなんとか言うので、「あんた今何時だと思ってんの、営業電話でしょ、非常識じゃないの、社長にそう言われたと言っておいてよ」などと言うと、「すみません、申し訳ありません」と恐縮して謝って、「失礼しました」と相手が言ってその電話は終わったけれども、後から、相手の素直な気の弱そうな真面目そうな印象が浮かび上がってきて、ちょっときついことを言ったなどとは全く思わないけれど、多少は、「早くそんな会社はやめてしまえよ」というような、気の毒な気持ちも若干よぎってきました。そうかと思えば、以前、「うちは用がありません。」と言うと、突然豹変して、「アホ、死ね」とか言ってガチンと切った電話もあって、ずいぶん後味の悪い、腹立たしいことがありましたが、どちらにしても、営業は、相手のところに出向いて、お願いするのが本当のあたりまえの営業の姿ではありませんか。

久しぶりのブログ復活ですが、それには理由がないでもありませんが、また書き始めることになるように、そのきっかけになればと、たわいのない今日の出来事を書いてみました。

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読売新聞

民主と自民の大連立構想も、小沢一郎の辞任騒動も、小沢一郎の涙の記者会見で一応収束して、党首会談以前の参議院与野党逆転の対立構造に戻ったわけですが、一番ダメージを被ったのは、というよりダメージを被るべきは一連の騒動の仕掛け人といわれる渡辺恒雄以下読売新聞ではないですか。この新聞社が新聞社としてどう問題があるかは、その論調とか政治性から窺わなくとも、読売ジャイアンツであるとか、読売ベルディーであるとか、異常なまでに「読売」という社名を外そうとしないその偏って、根性の狭い、新聞社でありながらそのパブリックな姿勢の無さからして、十分にこの新聞社の体質というものを想像できるのではないかと思います。すべては、渡辺恒雄という人の人格、思想というものが読売新聞の血肉に染み渡っているのだろうと思いますが、こういう人物を廃除できない読売新聞の構造というのはもはや腐っているとしかいいようがない。だからといって、朝日新聞がまともだとも全く思いませんが、賢明なことは、テレビや新聞が垂れ流す情報や意見を鵜呑みにしたり信用するのではなく、ちゃんとした発言をする人が誰かをしっかり見極めることです。それは簡単なことではないですが、少なくとも公正な論拠でものを発言しているかをよく見ることではないでしょうか。もう一つは、自分自身を立派な人間だなんて思っている人は、そもそも問題があると思ったほうがいいでしょう。

今日は、本当は小沢一郎という人について書こうと思ったのですが、また次にします。

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七五三

11月というのは七五三で神社が賑わうのですね、わたしの親は七五三とか宮参りとかはしなかったです。どうしてかは聞いていませんが、マルクス信奉者(家には髭面のマルクスの肖像画(印刷)が飾ってありました)だったということもあるでしょうが、要はビンボーだったからそんな余裕がなかったのではないかと思います。まあビンボーが先でもマルクスが先でもどっちでもいいですが、わたしもそういうことはしないですね、親に習っているからではないですが、なんか嫌なんですね。

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亀田親子

亀田親子の長男が謝罪会見をしましたが、人間はあんまりスタイルを変えてはいけません。親父さんは出てこずに何だかんだ言われてましたが、親父さんとしてはこれ以上世間に情けない姿をさらすのは耐えられなかったのではないですか。その点、急に真面目面になった長男よりは私は好きですが。彼らにボクシングを冒涜しているとか、本当のボクシングを知らないと批判してもしょうがないように思います。昔から不良なんて者に男らしいとか正々堂々なんてないのですから、ヤクザの世界だって任侠なんてないでしょう。「玉をねらえ」とか「眼を潰せ」なんて彼らにとって自然なハッパであって、反則ぎりぎりの戦法でいけという意味でしょう。結局投げ飛ばしたことがすべてのことの始まりで、それはそれでボクシングルールのなかでペナルティーを受ければいいことです。要するに私としてはボクシングを超えて何かを表現してくれるような、そんなボクサーを今の若い人たちに見てもらいたいし、知ってもらいたいのですが、それを今の時代に期待しても難しいことです。わたしは子供の頃、毎月出るボクシングマガジンを本屋で立ち読みをするのを楽しみにしていた程度のボクシングファンですが、大場政夫、柴田国明、輪島功一、強かったし格好良かったし、子供ながらにしびれてテレビで見ていました。日本のボクシングもせいぜい具志堅用高までですが、私にとっては「僕に人生を教えてくれた優しいおふくろ・・」ではなく、彼ら日本の本当の強くて魅力溢れるボクサーは、僕にひとつの人生を教えてくれたと思っています。

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秋の一日

私は小学校の6年生の時(昭和46年)、「長良若鮎少年サッカー団」というサッカークラブに入っていました。監督兼主宰者は親父の同級生だった人で、その息子さんが時々コーチをしていました。コーチと言っても私より二歳上ですから中学2年生です。ある日、監督は都合が悪かったのでしょう。そのコーチに連れられて、バスと電車を乗り継いで試合に行ったことがありました。今から思えばのんびりしていますが、後ろを何度も振り返るコーチの後をぞろぞろとついて歩いた日のことを今もときどき思い出します。今日は日曜日でしたね、気持ちのいい秋の一日になりそうだし、息子のサッカーで忙しいと言っていた私の従兄弟は、きっと今日も家族でサッカー応援でしょう。

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亀田親子

今朝、亀田親子が記者会見した様子をテレビで見ましたが、私の子供の頃、こんな家族はめずらしくなかったのでどこか郷愁をそそられます。親父さんの「どうもすみません」と言って頭をちょこんと下げたところなど昔懐かしい不良の態度そのものです。昔怖かった不良が「ごめんなさい」なんて言う姿を見るのは、そこはかとない喜びを感じないではないですが、調子に乗って「反省しろ」なんて言ってるとあとでどづかれますから、そんなことは間違ってもよういいません。

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結婚式

私は結婚を二回していますが、二回とも結婚式をしてません。私がそういうことを嫌いだということもありますが、一回目は18歳の時に駆け落ちから結婚へとなだれ込んでしまったので、周りから祝福されるなんていう雰囲気ではなかったし、2回目は、上さんがウェディングドレスを着たいとか指輪が欲しいとかそういうことを思わない女性なので、 簡単に向こうとこっちの親を食事に招待して、後は上さんの親父さんが親戚の人に挨拶だけはしてくれと言うので個々に菓子折を持っていって終わりです。昨日、私をいつも攻撃してくるK岡君という友人が結婚式に夫婦子供(1歳)で招待されたというので、祝儀はいくらと聞いたら「5万円」というので、「ええっ!!そんなに少ないの」と言ったら、「そうかな、そうかな」とうろたえておりましたが、そんなこと本当にくだらぬことだと思うとです。

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長良川・《人間と都市》のイメージ・長良川鵜飼い

長良川の鵜飼いが明日で今年一年のシーズンを終わりますので、私を育んでくれた長良川と、岐阜の観光のシンボル、長良川の鵜飼いについて、たまには真面目に考えたことを書いてみたいと思います。

岐阜の観光のシンボルも乗船客の減少傾向が続き、ここ数年は平成元年の半分以下の10万人そこそこで停滞しています。原因は別にして、来てくれた人がまた来てくれる、来てくれた人が良かったと宣伝してくれる、そういう鵜飼いではないというこです。長良川の鵜飼いは「チャップリンの愛した鵜飼い」と宣伝されていますが、昭和11年と昭和36年(私の生誕の年)の二度訪れたチャップリンは、一度目は、その静寂な闇の下で繰り広げられる神秘的で幻想的な鵜飼いに感動しますが、二度目は、もはや、《このあたり目に見ゆるものは皆涼し》でも《おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな》ではなく、ひどく落胆するのです。「チャップリンの愛した鵜飼い」というのは、「チャップリンの愛した鵜飼い」として誇らしく語られるような話ではなく、現在の鵜飼いの現状を象徴する教訓として受け取らなければなりません。

私は少年時代、夏休みは毎日のように長良川で泳ぎました。ちょうどその頃が長良川河口堰反対運動の最盛期だったと思います。当時子供ながらに長良川河口堰の研究をしていましたので、「川吠え」という反対運動グループの機関誌を読んだり、その勉強会に行ったりしました。あれから30年以上の歳月が流れて、川の様子で一番変化したことは水量が減ったことでしょうか。当時ですらそう思っていましたが、更に更に少なくなっています。今年一度だけ、子供と一緒に川に入りましたが、浅瀬は藻がひどくて泳げたものではありません。当時も渇水になってくると藻は浮いてきましたが、こんなにひどくはありませんでした。いまさら嘆いたところで、私も含めて社会全体が自然環境よりお金を取って生きてきたのですから自業自得ですが、しかし、地球温暖化の問題を始め自然環境全体の状況というのは相当に危機的であると多くの科学者が警告を発しているなかで、藻がからみつこうが、洗剤で洗い流して自分の体だけきれいにすればいいということではもう許されないところにきているのだと思います。自然環境を守る、自然環境を回復するということは、地球全体の問題ですから、中国のように国力を上げることに血眼になっている国家や、京都議定書に締結しない国家があっても、経済優先の社会構造であるとか、物質文明の価値観というものを国家も個人も変えていかなければいけないわけです。それは個人の力では遠く及ばないことであっても、一人一人が考えるところから始めるしかないのです。そういう意味で、川というのは人間の自然との関わりを映す鏡みたいなものですから、まず、身近な川の環境を考えるということは、その具体的な第一歩になるのではないかと思います。

「ダムのない唯一の川」といわれた長良川を、本当の清流に戻すことは、岐阜だけの問題としてではなく、日本の環境運動の象徴としてのテーマに成りうるのではないかと私は思います。また、岐阜の観光のシンボル「長良川の鵜飼い」の抱えている問題も、長良川とそれを取り巻く自然環境全体のなかで考えていかなければならないことだと思います。そして、それは、自然とともに生きる、これからの《人間と都市》のイメージでもあるはずです。

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《裏側》

《社会の裏側》というのは、なかなか見えないものです。私は若い頃チリ紙交換をしていました。チリ紙交換というのは、走りやすいところを廻っていても紙は集まらないので、できるだけ他の業者の入っていかない、家の垣根がガサガサとトラックのボディに当たるような細い道を入っていきます。そうすると、「ああこんな生活をしている人たちがいるのだ」と思うよなところに入り込むことがあります。いわゆる《被差別部落》です。
 チリ紙交換は、人が手を振ってくれると、そこへ行って新聞紙や雑誌をもらってきますが、「若いのに大変だね。」とか「今日は暑いね。」とか声を掛けられることはまれで、たいがいはムスッとして早く縛って持って行けなんて顔をしています。私は日本人は親切だなんてことを今でもまともには信じていません。

『無限回廊』という面白いサイトがあります。日本のおもだった犯罪を執拗に綿密に淡々と記しています。どれも社会の裏側、人間の裏側を垣間見せてくれる話ばかりです。

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選挙

先日のブログで、選挙に行ったことがないと書きましたので、それについて補足しておきます。私の解釈では、選挙には行かなくても非難されたり非国民扱いされたりするいわれはないということです。選挙に行く権利もあれば行かない権利もあるのです。宮崎哲也というテレビによく出ている人が、選挙に行かないような人間は国民でないというようなことを息巻いていましたが、たかだか選挙に行かないことで国民でないなんて、あんたは戦争中の町内会長かといいたくなります。ともかく、選挙に行かないことも、「思想及び良心の自由」なんです。こんなことは憲法に書いてなくても普遍的な人間の権利です。この話は、国家とは何かという難しい話とは切り離して成り立つ正論だと私は思っていますが、「たかだか選挙」とは思ってはいない人とは、国家とは何かというところで議論しなくてはならないでしょうから、それは今後「食いものや賛歌」他でとことんやっていこうと思っております。

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教科書検定問題

来年度の高校歴史教科書から、沖縄戦での旧日本軍による自決強制の記述が検定で削除されたことが問題になっていますね。これまでも従軍慰安婦や南京大虐殺の記述など度々同じような問題が起こっていますが、靖国の問題も含めて、また憲法九条の論議も含めて、それ以前の本質的な問題は、戦後日本は日本の敗戦について徹底的に検証し総括したのかということです。私は「国家フリーター」みたいなもので、日の丸にも、国歌にもまったく愛着を感じないし、一度も選挙に行ったことがない人間ですが、私がもし、政治家でも、文部科学省の役人でも、国家に属する立場の人間であったら、なぜ日本が戦争に負けたのかではなく、なぜ日本は戦争に勝てなかったかということを、徹底的に科学的に客観的に明らかにする作業を何よりも優先してやりますよ。「靖国で会おう」といって死んでいった人たちのためにも。ちゃんと総括ができれば、「沖縄戦の実態について、誤解するおそれのある表現である」なんて中途半端な発言をする役人はいなくなるでしょう。

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山口母子殺害事件に関連して

世間には死刑を肯定する人も、否定する人もいるでしょう。しかし、死刑廃止論という立場が当然あると理解することは、ごく常識的な見識ではありませんか。つまり、死刑廃止論者で、弁護士であれば、当然この山口母子殺害事件において、当時18歳の少年の死刑を阻止するのは、弁護士としてあたりまえの行動です。そういう意味で、当時18歳の少年の犯した罪の大きさ、また、被害者家族の無念な思いとは、別の話です。

この話は今日で終わりにしたいと思いますが、死刑に対する私の考えを少し書いておきます。まず第一に、死刑という刑罰を肯定する思想や論理はありえないだろうと思います。それは、無抵抗な人間を殺すこと、たとえば、この被告もそうですが、誰が殺すのか、誰がこの極悪非道な被告の首に縄を掛けるのか。現実には日本で死刑は執行されていますが、それは法律に合法であるだけで、死刑執行官の手は人を殺すわけです。しかし、人を殺すなということは、法律など遙かに超えたところにある、人が人と認められるかどうかの根源的な倫理であるはずです。何であれ、どうであれ、無抵抗な人を殺すには、誰かの手が人を殺さなくてはならないのですから、それはありえないことだと私は思います。
もう一つ、
人を殺すというような犯罪、そこには人間の深い業のようなものが横たわっているのだと私は思います。誰も人を殺したくて殺すのではない。誰もが幸せに生きたいはずです。そういう人間のこころの深い闇を、裁判という制度がどこまで明らかにできますか。裁判という制度は近代社会には不可欠なものであることはいうまでもありません。しかし裁判がすべてを明らかにできると考えることは、明らかに権力の傲慢であり、われわれ社会の傲慢であると私は思います。

最後に
私はこの被告を殺したところで、二人の最愛の家族を失った本村洋さんのこころは何一つ救われないと思います。彼自身もそんなことは百も承知だと思います。百も承知で、彼は被告人に死刑を望んでいるのだと思います。

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山口母子殺害事件に関連して

山口母子殺害事件の差し戻し審で弁護団が非難されていますが、おかしな話です。彼らは死刑廃止論者で、被告はこの差し戻し審で死刑が確定するわけです。さらに、被告は死刑が濃厚なところへ追い込まれているわけですから、どんな手段を使っても、それこそ脱走させてでも死刑を阻止しなければならないわけです。被告人がどれだけ極悪非道であろうがそんなことは関係のない話です。そういう意味で、安田好弘という弁護人は真っ当な人だと私はテレビを見ていて感じます。

この話、明日も書きましょう。

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