岐阜新聞花火大会
今日は、長良川畔で岐阜新聞花火大会です。
先週は中日新聞花火大会、地元の人は岐阜新聞のほうが内容がいいと云いますが、
たぶんそうでしょう。
わたしは、花火大会で花火を見ることよりも、花火に見入る人々の顔を眺めるのが好きです。すべての人が、我が人生の幸せを祈っているように思えます。
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今日は、長良川畔で岐阜新聞花火大会です。
先週は中日新聞花火大会、地元の人は岐阜新聞のほうが内容がいいと云いますが、
たぶんそうでしょう。
わたしは、花火大会で花火を見ることよりも、花火に見入る人々の顔を眺めるのが好きです。すべての人が、我が人生の幸せを祈っているように思えます。
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『いたずら編』の続きだぎゃー。岐阜市立女子短大の学生がイタリアの世界遺産サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の大理石の壁に落書きしたという一件は、いたずらをした女子大生が自費で再訪し謝罪する一方で、親善大使に任命されるという、女子大生にとっては、ありがた迷惑な展開でしょうが、後は、女子大生がひたすら小さくなっていてさえいれば、めでたく一件落着と相成るでしょう。この、馬鹿馬鹿しい〈いたずら問題〉のそもそもの発端(馬鹿のはじまり)は、こころの美しい観音様のような人が発見する前にわざわざ大学へ通報する暇な(明るい)人間に発見されてしまったことと、(観音様のような人なら通報などせず、消してくださっていたでしょうから) 岐阜市立女子短大の学長がユーモアのない〈おりこう〉な学長であったことでしょう。(いっそのこと、大学を表彰してくれたらいいのに) しかし、『知と愛』ふうに、この問題を解釈すれば、この学長のように、大学を代表していると思いこんでる連中のこころの中に、所謂、「面子」「体裁」「保身」の日本が古来より育んできた儒教精神が息づいていると考えれば、それはそれで、日本文化を内外にアピールできたということで、一定の評価もできるだぎやー。
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郷土文化顕彰のオーソリティーとしては、岐阜市立女子短大の学生がイタリアの世界遺産サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の大理石の壁に落書きしたという一件に触れなくてはいけません。この問題の本質は、〈いたずら〉は絶対にばれてはいけない。また、ばれても、それによる〈おしおき〉の程度を予期しておかなければいけない。という〈いたずら〉をする際の心構えができていなかったということで、〈恥ずかしいモラルの低下〉と日本人がめくじら立てることではございません。この〈岐女短〉という学校は、わたしの叔母さんの出身校でもある、それなりにまじめに勉強しないと入れない学校ですから、こんな程度の〈いたずら〉は、反省文くらいで勘弁してやってください。
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