人生

お盆の風景

子供のころのお盆の記憶といえば、祖母と一緒に盆提灯の飾りをしたり、仏壇に団子を供えたり、東京の叔父さんが帰ってきて、その叔父さんの懐かしい背中を見ながら墓参りに行ったことなど、子供であったころの自分自身の面影のなかに思い出されます。今のわたしの生活は、そういうところからあまりに遠ざかってしまって、家に仏壇や神棚があるわけでなく、墓参りに行くこともないので、お盆の風景というものはほとんど失われてしまっているのですが、しかし、わたしはおとなになって、そういう記憶を引きずりながら、靖国について考えたり、神道や仏教について考えたりするわけです。そういう意味では、こういう父親を持ったわたしの娘などは、日本人が受け継いできた宗教的な習俗を、子供のころの体験として感じる機会が少ないわけです。最近、そんなふうなことを思うようになりました。今日は、初めて、娘をわたしの母や祖母の墓に連れていってやろうと思います。

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お盆/迎え火

今日13日は、盆の入りで、迎え火といって、ご先祖様の霊が帰っていらしゃる。

わたしは、子供のころお祖母ちゃん子で、母と祖母が言い争うと、必ず祖母の身方をしたものです。母はときどきそれが面白くない素振りを見せることがありましたが、わたしにとっては普通の優しい母でした。母は今から30年ほど前、わたしが中学3年生の時にガンで死に、祖母は今から20年ほど前に脳梗塞がもとで死んでいます。わたしは、母が死んだときに、葬儀屋がこの戒名はいくらと父と話しているのを聞いて、人間は死んでも金かと憤怒の思いに駆られ、葬式なんか止めてしまえと父に抗議しました。それ以来、他人様の葬式や法要ではその儀礼に従い、それを拒否できない自分を情けなく思いながらも、少なくとも自分の母や祖母や生後直ぐに亡くした次女の亡骸や墓の前で手を合わせたことはありません。46歳の今となっても、そんなことを言っている自分を半分は哀れに感じながらも、わたしはいまだに、神だとか仏だとか、そういう宗教的な何かに対して、身の処し方がうまくいかないのであります。

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My sonよ

今朝は汐留のホテルで朝を迎えております。
毎月の出張パターンでは19日の朝岐阜を出てくるのですが、息子の件があったので、一日早く来て、昨日は息子の修業先にお詫びのご挨拶に行ってきました。私の先輩でもある修業先の社長は根がさばさばした方で、「そんなあらたまって」と話題はわれわれ美術業界の話になりました。美術業界と言っても一括りに語ることはできませんが、業界の特殊性、体質、世間の評価の低さなど、社長の問題意識は業界の後進性にあるようで、企業として成り立っていく商売の在り方をわれわれは考えていかなければならないということをさかんに話されました。それはそれで、利益をあげて、今の厳しい状況を商売人として生き抜いて行くにはまっとうな見識に違いありません。わたしは社長の話を伺いながら、ふと取り残されているような寂しい気分になりました。私自身の商売の見通しを考えるとその心細さが気持ちをおおってくるということもありますが、日本の社会のほとんどの人が、そういう競争のなかで生きているのだと思うと、そういう現実のなかに適応せずに、「売れない掛け軸を扱っていてもしょうがないでしょう」という社長の話しそのままに、売れない掛け軸にこだわって、さらにそのなかでも売れない文人画などにこだわっている今の自分があるわけです。息子には〈修業とは真っ暗な階段を登るようなものだ〉と言いましたが、私だって先は五里霧中です。しかし、時勢に合わない仕事であっても、世間がどうであろうと、我が道生きていきたい。

親父に似て不出来なMy sonよ、世間は厳しいけれど、あなたも我が道好きなように生きていったらいいじゃないですか。

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『豚は死ね、狼は生きろ』

最近、景気が悪いそうですね。
今も、東京のお客さんから電話が掛かってきてそんな話です。【燃料高20万隻一斉休業】と今日の夕刊の見出しにあります。私も商売が美術商ですから、商売のいろんなところで、ひしひし感じつつあります。たしかに、金が無くなってくると心も窮してきます。私は子供の頃、親の喧嘩といえば金の問題でした。どうして自分はもう少しお金のある家に生まれなかったのだろうと思いました。私が18歳で結婚したときある人に言われました、『晋君(私の名前です)、豚は死ね、狼は生きろだよ』と。私はこのとき、ある荒んだ横顔をこの人から感じました。この人は父の友人で、『君のお父さんように僕は大学に行けなかったけど』とも言いました。温厚な人柄で、18歳の私に10万円のお金を貸してくれた人です。私は3、4年後だったか、このお金を返しに行きました。この人はその晩釜飯をご馳走してくれました。私は、今この人の言った、『豚は死ね、狼は生きろ』をこころに刻んでいるつもりです。要は、景気が悪かろうが良かろうがそんなこと関係ねえ、人は助けてはくれない、のたれ死にしたくなければ、頑張るしかない。それだけです。

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ギブアップ宣言

私事ですが、と言うのも変ですが、東京の画廊に修行に行っていた24歳の息子から、「今日社長に辞めるって言った」という電話がありました。(注・修行と言っても、帰ってきて私の仕事を継ぐということではありません。)一昨年の11月頃から行っていますので、1年半でギブアップ宣言したことになります。れっきとした24歳の大人が、自分で決断したのですから、親がどうのこうの口をはさむこともありませんが、私の仕事の延長線上で、先輩に頭を下げてお願いしたのですから、真っ先に修業先のその先輩である社長のお顔が頭に浮かびました。しかし、これもしょうがありません。今日辞めるのか、あるいは今月いっぱいなのかは知りませんが、修行先の社長が引き留めないなら、双方にとって悪い出来事ではないのかもしれません。と、ここまで書いたところで、その社長から電話がありました。社長は寝耳に水だったらしく、多少困惑されておりましたが、私としては、ご迷惑でなければ社長のところで頑張ることが一番いいことだと思っておりますとお伝えしたところ、そうですか、わかりました。ということで電話を切りました。翻意する可能性があるのかどうかわかりませんが、どちらにしても、辞めたけりゃ、辞めちまえー

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