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チリ紙交換と托鉢

   自宅にたまった新聞を縛っていると、その度に、20代の初めにチリ紙交換をしていた時を思い出します。私の実家は古本屋をしておりましたので、時々チリ紙交換のおじさんが古本を売りにやってきます。私はその頃、西濃運輸の集配運転手をやめて古本屋の手伝いをしていました。チリ紙交換のおじさんから、真面目に働けば月20万近くは稼げると聞いて、古本屋の手伝いをやめて、それから2年ほどチリ紙交換の仕事をします。ちょうど子供が生まれた頃で、雨が降らない限りは、毎日朝8時に家(市営住宅)を出て夕方6時に家に帰ります。仕事の途中、知り合いに出くわすのは嫌でしたが、家族三人の生活も成り立って、家に帰って飲む一杯のビールが、この頃ほど美味しく感じたことはなかったように思います。
   
 私にとってこのチリ紙交換の経験は、私の人間や社会の見方に、少なからず影響を与えたと思います。説明するまでもありませんが、チリ紙交換という仕事は、トラックに拡声器を付けて、『ご町内のみなさま、こちらはチリ紙交換車でございます。古新聞、古雑誌、ダンボール、古布などございましたら、トイレットペーパー、チリ紙と交換しております。』とアナウンスしながらできる限り網の目のように路地から路地をまわります。立派なお屋敷もあれば、六畳一間の安アパートまで、一度はヤクザの事務所に呼ばれたこともありますが、いうなれば、上から下まで、ありとあらゆる階層の人々とその暮らしぶりを垣間見るわけです。今から振り返るとその当時は、他人との境界が今よりも緩かったのでしょうか、呼ばれると、たいがいは靴を脱いで家の中まで入って、押入れの中に積まれた新聞をビニール紐で縛ってまとめます。その間、缶ジュースをホイと渡してもらったりとか、ご苦労様やねと声を掛けてもらったりとか、そんなことは一度たりともありません。また、トイレットペーパーは要らないよ、持って行ってくれたらいいと言われたらことも一度たりともありません。

 出家したお坊さんが雲水となって托鉢の修行をします。私のチリ紙交換時代はそれに似ているとも思うのです。出家するというのは、家も仕事も、親も家族もお金も一切を捨てて、無一物になって仏道に入ることです。今は出家僧などいませんので、お坊さんも我々と同じ在家です。僧侶というのは世間の一職業と変わりません。変わらないというよりも、お坊さんのほうが庶民より金持ちで、上等な畳の上で暮らしをしています。さらに言えば、お坊さんよりも、他の仕事をしている人のなかに、深い信仰を感じる人がいます。さて、なぜ私のチリ紙交換時代が、托鉢の修行に似ているかと申しますと、修行僧が無一物になって托鉢をするのは、世の中の最も低いところに身を屈(かが)めるということです。托鉢というのは乞食と同じですから、乞食となって、最も低いところから世の中を見上げるということです。そうしますと、飢えて苦しむ人の気持ちも、隙間風の吹き込むあばら家に住む人の気持ちもわかります。それ以上に、人間の裏側の姿をよく見渡せるのです。

 仏教の専門家の方が、どう言われるかは知りませんが、出家をするということの一つの意味は、そういうことだと私は思います。チリ紙交換は乞食になったわけではありませんが、私は、そんなふうにこの頃のことを思い出します。それは人間と社会の実像を考える上で、良き経験であったと思っています。

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