子供、学校、教育、見えぬ荒廃 ① ・ 塾通い
「岡田(私)さんの娘さん塾は行っているんですか?」(東京在住の友人S君)
「どこにも行ってないよ。」(私)
「家の娘が今年小学校に入るんでどうしようかなと・・」(東京在住の友人S君)
「俺はね、できるだけ勉強はできないほうがいいと思ってるの、そのほうが金掛からんだろ。」(私)
私は内心、男が子供の教育のことなんかに関心持つなと不愉快な気持ちが持ち上がってくる。S君は横にいるT君の顔を覗きながら、「岡田さんとTさんの教育バトル思い出すね・・」と冗談めかす。S君の言う教育バトルとは以前に私がT君と交わした子供の話だ。T君の娘は小学校5年生である。
「T君は夕飯は何時ころ食べるの?」(私)
「まちまちですよ。娘は塾があるから一緒に食べないし・・」(T)
「娘さんはいつ食べるの?」(私)
「弁当持って行くんです。4時半ころ女房が塾に送って、帰りは10時過ぎになるんで。」(T)
「それって毎日じゃないでしょう?」(私)
「月曜から金曜 までですよ。」(T)
「それじゃあ疲れちゃうでしょう?」(私)
「塾の先生が学校では寝てないさって言うんだそうです。」(T)
「はあぁーん」(私)
「T君ね、あんたそういうことに何の疑問も感じないの?」
「はぁ・・」(T)
「はぁ、じゃないんだよ!」(私)
「はぁ・・」(T)
「あんたね、おかしいと思わないの? 子供がかわいそうだと思わないの?」(私)
「子供も(塾に)行きたいと言うんで・・」(T)
「あのね、子供というのはね、親に褒められたいと思うの、期待に応えたいと思うものなの。あんた、いい学校に行かせたいのか、いい会社に行かせたいのかしらんけど、親のね、勝手なつまらん価値観を押しつけられて、そんな生活を毎日させられて、子供が塾に行きたいと言うんで・・、はあぁーん・・、阿呆ちゃうかと言いたいわ。そんなもの親の虐待に等しいじゃないか。」(私)
ここにきて私の内心の怒りはピークに達するがそんな気持ちをまともにぶつけたって通じる相手ではない。しかし、憤懣やるかたないとはこういうときに使う言葉だ。Tに対し、Tの娘の母親に対し、塾に対し、学校に対し、今の世の中に対し。
現在、次の長良川画廊の企画で、『今、学校を考える・川口半平、野村芳兵衛の生きた時代』(仮題)を計画中なので、それと関連付けながら、今の親、学校、子供について思うことをこのブログでも綴っていこうと思います。ご意見があれば遠慮なく寄せていただき、今、子供たちは声なき悲鳴をあげていると私は思いますので、緊急、切実な問題として、多くの人と意見を交わすことができればと思います。
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