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2008年8月

岐阜県美術館 『いま、日本画は-遠き道 はて無き精進の道程-』

今日まで、岐阜県美術館で『いま、日本画は-遠き道 はて無き精進の道程-』という展覧会を開催している。出品作家の顔ぶれを見て、行きたいとは思わなかったのですが、一応、仕事に近い世界でもあり、昨日見に行ってきました。美術館の企画展というのは、自前で企画し開催するものと、新聞社や出版社が企画したものを丸ごと買って開催するものがある。今回の『いま、日本画は-遠き道 はて無き精進の道程-』は後者であろうと思う。岐阜県美術館の優秀で情熱あるcurator(学芸員)はこういうつまらない展覧会はしない。わたしは美術館業界に精通しているわけではないが、こういう展覧会を岐阜県美術館主催とすることには内心忸怩(じくじ)たる思いがあるのではないか。岐阜県美術館は過去に『在るということの不思議佐藤慶次郎とまど・みちお』、『織部(おりべ) いわゆるオリベイズムについて』、『日本的なるもの書くこと描くこと』、『「飛騨の版画」そのルーツをたどる。武田由平展』など企画者の意欲と努力が伝わる展覧会をいくつも開催してきた。美術館を取り巻く現状は厳しく、価値ある企画が収益や入場者数を優先する行政から評価されないという現実もあるでしょう。しかし、日本のプロ野球のように、当事者(経営者)の側が、野球に情熱や愛情がなければ、結局は衰退の一途をたどるように、美術館であっても、美術館が本当の美術の魅力、価値、あるいは厳しさを《表現して見せる場》でなくなれば、荒川修作がいうように本当に美術館の存在意味が、というよりもcuratorの存在意味が無くなってしまう。そういう今こそ、《いま、美術館は》と世間に問う気迫を見せて欲しいものです。さて、展覧会の感想を少々書こうと思って話しがずれてしまいましたが、『いま、日本画は-遠き道 はて無き精進の道程-』はタイトルは壮大であるけれど、内容は公募団体御三家の日展、院展、創画会の幹部の作品を並べただけ。これで『いま、日本画は』と現代日本画を切って見せたとするなら、日本画の世界というのもほとほと駄目になってしまったということを切って見せたということなんでしょうか。

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「とどかなかったメダル~星野監督が語る北京での戦い~」

昨晩、NHKのスポーツ大陸「とどかなかったメダル~星野監督が語る北京での戦い~」を見ました。わたしは、平素、一応美術商として、美術の魅力について偉そうに語っているのですが、本心を言えば、美術よりも、スポーツの世界のほうが好きだし、学ぶことも、感動することも多いですね。星野監督が「へぼ監督」であるかどうか、敗因はどこにあったのかで、わいわいがやがややるのも楽しいですが、勝負ですから、惨めな結果になることだって当然あるわけです。勝負には、勝ちの味もあれば、負けの味もある。そのどちらの味も味わってこそ、スポーツを見る楽しさがあるのです。そういう意味では、今回の野球は、サッカーの「ドーハの悲劇」には遠く及びませんが、番組の中で、球場を去る三宅スコアラーの後ろ姿は、なかなか味わい深いものでした。

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「ペシャワール会」

アフガニスタンで31歳の若者が殺害された。若者は「ペシャワール会」というNGOに所属していた。「ペシャワール会」というのは、「誰もが行きたがらない所に行き、誰もがやりたがらないことをする」を標榜し、主にアフガニスタンやパキスタンで医療支援や農業支援をしているという。若者を殺害したのはタリバンであるか今の時点では明らかではないが、どちらにしても、アフガニスタンはタリバンの拠点があり、世界で最も危険な地域一つである。わたしは、神風特攻隊の意味がわからないのと同じように、アフガニスタンのような戦場でボランティアをする意味がわからない。この「ペシャワール会」の代表が「われわれの治安悪化に対する認識が甘かった。」と声を落としたと報道されているが、もし本当にそんなことを言ったとしたら、さらに意味がわからない。ともかく、死ぬかもしれないような所に行ってまで、ボランティアをする感性がわたしにはわからない。砂漠の上の痩せおとった子供に手を差し伸べることも、例えば、日本で、難病の子供を抱えて、病院で寝泊まりして、昼間は働いて、疲れて倒れそうなお母さんの援助をしてあげることも、今も虐待され、怯えて、泣き声をさえ出せないような子供を救出する活動をすることも、一人暮らしの老人や障害者の介助活動をすることも、戦争体験者がその体験を伝える活動をすることも、さらに言えば、それぞれの持ち前を日々一生懸命、まじめにこつこつと積み上げていくことも、《人のためになる意味》に差はない。

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短信

東京の画廊で修業していた My sonは、挫折し、郷土に戻ってきて、焼き肉屋と建設現場でアルバイトをしながら就職活動中ということです。いいんではないでしょうか。大事なことはぷらぷらせずに働くことです。しかし、少なくとも、親(母親の元)の家で暮らすことだけはやめてほしいですね。それは、男としてなによりもかっこう悪いことですから。

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お盆の風景

子供のころのお盆の記憶といえば、祖母と一緒に盆提灯の飾りをしたり、仏壇に団子を供えたり、東京の叔父さんが帰ってきて、その叔父さんの懐かしい背中を見ながら墓参りに行ったことなど、子供であったころの自分自身の面影のなかに思い出されます。今のわたしの生活は、そういうところからあまりに遠ざかってしまって、家に仏壇や神棚があるわけでなく、墓参りに行くこともないので、お盆の風景というものはほとんど失われてしまっているのですが、しかし、わたしはおとなになって、そういう記憶を引きずりながら、靖国について考えたり、神道や仏教について考えたりするわけです。そういう意味では、こういう父親を持ったわたしの娘などは、日本人が受け継いできた宗教的な習俗を、子供のころの体験として感じる機会が少ないわけです。最近、そんなふうなことを思うようになりました。今日は、初めて、娘をわたしの母や祖母の墓に連れていってやろうと思います。

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お盆/迎え火

今日13日は、盆の入りで、迎え火といって、ご先祖様の霊が帰っていらしゃる。

わたしは、子供のころお祖母ちゃん子で、母と祖母が言い争うと、必ず祖母の身方をしたものです。母はときどきそれが面白くない素振りを見せることがありましたが、わたしにとっては普通の優しい母でした。母は今から30年ほど前、わたしが中学3年生の時にガンで死に、祖母は今から20年ほど前に脳梗塞がもとで死んでいます。わたしは、母が死んだときに、葬儀屋がこの戒名はいくらと父と話しているのを聞いて、人間は死んでも金かと憤怒の思いに駆られ、葬式なんか止めてしまえと父に抗議しました。それ以来、他人様の葬式や法要ではその儀礼に従い、それを拒否できない自分を情けなく思いながらも、少なくとも自分の母や祖母や生後直ぐに亡くした次女の亡骸や墓の前で手を合わせたことはありません。46歳の今となっても、そんなことを言っている自分を半分は哀れに感じながらも、わたしはいまだに、神だとか仏だとか、そういう宗教的な何かに対して、身の処し方がうまくいかないのであります。

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『シリーズ証言記録 兵士たちの戦争』

今、日本のテレビ局(NHKと民放キー局)のなかで、まともな仕事をしているのはNHKだけですね。もちろん、民放でも、個別の番組の中によいものはあるでしょうが、全体としては、あまりに酷いと切り捨てられてもやむを得ないでしょう。仕事というのは、何でも現実の壁というのがあるものです。単純に言えば、わたしのような自営業者であっても、民放テレビ局のような企業であっても、食っていかなければならないわけです。しかし、なぜあなたはテレビ局に入ったのか、なぜお前は美術商をしているのか、ということです。わたしが美術商になったのは、食っていく中で辿り着いた生業(なりわい)ではあるけれど、こうして一生の仕事になった以上、美術商としての自分の在り方を考えなければならない。そういう気持ちを失ったら、もうおしまい。てっめえなんか生きてる値打ちなし、靖国について語る資格なしです。テレビ局というところは、《ものを作る》ところでしょう。そして、多くの人にそれを見てもうことができるわけです。わたしの言いたいことはわかりますよね。民放テレビ局というところで働いていて、少しでもそういう気持ちがあれば、もう少しまともな仕事ができるでしょう。こんなことをぐだぐだ言いたくはないけれど、今の民放テレビ局は、ユーモアもペーソスもアイロニーも微塵もない幼稚な娯楽番組と、そういうところで、大きな顔をしている(ただぺらぺらしゃべるだけが芸のような)芸人(島田紳助、爆笑問題etc)が、きっと文学など読んだことがないであろうエセ御用文化人(石田衣良、櫻井よしこ、宮崎哲弥etc)と一緒になって底浅な社会正義を振りかざすようなものばかりが横行しているわけです。それにくらべて、NHKでものを作っている人たちというのは、ちょっと違うと思わざるを得ないですね。毎年、終戦記念日が近づくと、日本の戦争を振り返ったドキュメンタリー番組がまとめて放映されます。今、衛星ハイビジョンで再放送されている、『シリーズ証言記録 兵士たちの戦争』にしても、過去に制作された『ドキュメント太平洋戦争』や『映像の世紀』にしても、NHKでものを作っている人たちというのは、我々日本人の誰もが真剣に顧みなければならない、敗戦にいたる当時の日本の実像を検証し、その真実に迫ろうとする努力を、《ものを作る》という自身の仕事の中で地道に続けてますよね。民放で《ものを作る》人たちの現場は、NHKとは一緒にはできないだろうけど、それがお笑い番組であっても、どんな番組であっても、そこで仕事の『質』への自問自答を失ってしまったら、せっかくおもしろい仕事についたのに、せっかく大勢の人に何かを伝えることができるツールを与えられているのに、坂を転げ落ちるように無益で荒れた番組しか表現できないテレビ制作者で終わってしまいますよ。

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赤塚不二雄と『妙好人』

『天才バカボン』の赤塚不二雄が亡くなった。
わたしは、1961年生まれなので、『天才バカボン』は小学生の頃から漫画本やアニメでお馴染みにキャラクターでしたが、どちらかというと面白いと思ったことはなかったです。ですから、亡くなったということについて特に感慨はありません。

タモリが葬儀で悼辞を読んで、そのなかで次のように言ってますね、

あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れること です。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

これを読むと、赤塚不二雄は、念仏宗でいう『妙好人』じゃないのかと思いました。
わたしは、『妙好人』というのは一種の天才ではないかと思いますが、そういう意味でも、赤塚不二雄という人は、天才だったといえるのかもしれません。

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《福田康夫首相は5日昼、8月15日の靖国神社参拝について「私の過去の行動を見てください」と述べ、参拝しない考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。》(毎日新聞)

靖国神社について、こういう《はかなく空しい》政治的な発言しかできない人が総理大臣であるということは、やはり、悲しいでしょう。日本人として、なんて言い方はしませんが、あまりに言葉が貧しい。何で、そういう場面で、自分自身の死者への気持ちを自分の言葉で語れないのでしょう。靖国神社に行こうが行かなくてもどっちでもいいけれど、『わたしは、現在の総理大臣として、毎日戦争で亡くなった人たちに向かって、手を合わせているんだ』と、こんなふうに言わなくてもいいけれど、一人の人間として、自分の言葉で、戦争を二度と繰り返してはいかんという気持ちを、どうして、靖国神社について質問されたときに、そういう時にこそ、なぜ言えないのでしょうか。以前、《わたしは、一度も選挙に行ったことがない》と書きました。また、今後もよほどのことがない限り選挙に行くことはないと思います。その理由は、単純に言えば、単純に行かなくてもいいからです。なぜ単純に行かなくてもいいかは、今は、単純には説明できませんので、今は、わたしの知的(?)感性及び直観に拠るのみとしか申し上げることができませんが、しかし、そういう次元ではなくて、個々の政治家が、あまりに《はかなく空しい》存在であることは、今の若い人たちには特に、政治というよりも、社会への関心を希薄にさせる、言いかえれば、自分自身にしか関心が向かない、そういう社会状況を生む大きな要因になっているのではないですか。

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岐阜新聞花火大会

今日は、長良川畔で岐阜新聞花火大会です。
先週は中日新聞花火大会、地元の人は岐阜新聞のほうが内容がいいと云いますが、
たぶんそうでしょう。

わたしは、花火大会で花火を見ることよりも、花火に見入る人々の顔を眺めるのが好きです。すべての人が、我が人生の幸せを祈っているように思えます。

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