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荒川修作・シンポジウム『これからの都市と美術館』(岐阜県美術館)

昨晩、荒川修作さんをゲストに招いた『これからの都市と美術館』(岐阜県美術館)というシンポジウムに行ってきた。パネラーに、名古屋ボストン美術館館長の馬場駿吉さん、豊田市美術館前副館長の青木正弘さん、岐阜県美術館館長の古川秀昭さん、岐阜市長の細江茂光さん。実は積極的に行こうと思ったのではなく、数日前に古川秀昭さんに誘われたからである。(聴衆動員のためであろう)なかば社交的付き合いが理由であった。シンポジウムは、前半が荒川修作さんのインタビューで後半が荒川修作さんを交えてのディスカッション。いきなり、「本居宣長なんかゴミ箱に捨てろ」で、わたしはこころの中で喧嘩を売ってきたなと思ったが、全体を通じて荒川修作さんは、話の流れとは関係なく自分の言いたいことを言っていたというか吠えていた。荒川修作さんの話は、自分は世界最先端の生命科学者でもあるという話からはじまり、現在に至る近代文明批判、個人や社会の既成概念への批判から、それがいかに人間そのものの未知なる能力、本来備わっている感覚を疎外しているか、そして、人間は300歳までだって生きられるのだと力説し、自分は現代のレオナルドダビンチになるのだと、持論である「芸術、科学、哲学の総合」について語っていた。また、現在の予算を縮小され、思うような活動のできない美術館の現状を憂い嘆く司会役の青木正弘さんに対しては、「いつまでつまらんことを言っているんだ! 美術館なんて不要だからつぶれるんだ!」とさかんに噛みついていた。たしかに、荒川修作さんの言うように、美術館側が思うほど、世間は美術館に期待していないし、必要としていないとわたしも思う。また、お上に対しお金をくださいなんてお伺いを立てるのも情けない。実は青木正弘さんは私の高校三年生のときの担任で、荒川修作さんに叱られて焦っている先生の姿を見ることは愉快でなくもなかったが、往年の青木先生は、この日の小役人のような姿ではなく、生徒のことなんてどうでもいいというふうに、つなぎ姿で、夕方暗くなるまでグラインダーで石を削っていた。また、これも余分な話ですが、古川秀昭さんも青木先生と同じように美術館の現状について語っていましたが、この方も、今から30年ほど前はこんなことをしていたのです。このシンポジウムについて、現在の美術館の在り方について、また、荒川修作について、わたしなりに言いたいことを、ここから長々と書き継ぐのも大変などでこのへんで止めにしますが、古川秀昭さんにしても青木先生にしても馬場駿吉さんにしても、美術館という架せられた枠のなかで、一生懸命にやろうとされていることを、荒川修作さんのように一刀両断に切り捨てることが実のなることだとはわたしは思いません。古川秀昭さんにしても青木先生にしても馬場駿吉さんにしても、荒川修作さんとは違う場所で同じように現在と格闘しているのです。しかし、わたしも荒川修作さんと同じように、無責任なことを一言いうならば、組織というものは、それ自身大きくなろうとする特質を持つが、一方で、組織のなかに帰属する人間を小さくさせるものだと、青木先生の若き頃、古川秀昭さんの『いろはにほへど』を思うと、感じるのであります。

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