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2008年6月

いたずら

郷土文化顕彰のオーソリティーとしては、岐阜市立女子短大の学生がイタリアの世界遺産サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の大理石の壁に落書きしたという一件に触れなくてはいけません。この問題の本質は、〈いたずら〉は絶対にばれてはいけない。また、ばれても、それによる〈おしおき〉の程度を予期しておかなければいけない。という〈いたずら〉をする際の心構えができていなかったということで、〈恥ずかしいモラルの低下〉と日本人がめくじら立てることではございません。この〈岐女短〉という学校は、わたしの叔母さんの出身校でもある、それなりにまじめに勉強しないと入れない学校ですから、こんな程度の〈いたずら〉は、反省文くらいで勘弁してやってください。

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文楽

文楽を見に行ってきたました。演目は寿二人三番叟と生写朝顔話。親しいお客さんから、券が余っているからということで誘われて、一緒に女房と小学5年生の娘を連れて行きました。会場は、岐阜市から50㎞ほど長良川沿いを北上した郡上市大和町。高速道路を走って40分位のところです。郡上市と言っても、八幡町、大和町、白鳥町、高鷲村、美並村、明宝村、和良村が合併しただけで、どこも山間ののどかな田舎町です。文楽の感想はさておき、定員350人の会場は満員、大半が地元の人で、年配から年寄りが多いのですが、子供は入場無料なのに私の娘一人。女房と、どうしてかなと話題になりましたが、田舎の親は「そんなもん子供が見ても面白ない」で、都会の親は、「日本の文化だから、見てみたら」、そういう違いではないかということで意見が一致しました。その推察が正しければ、田舎の親の方が自然ですね。但し、わたしが娘を連れて行ったのは家に一人で置いておけなかっただけで、途中からロビーでマンガを読んでいました。

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ギブアップ宣言

私事ですが、と言うのも変ですが、東京の画廊に修行に行っていた24歳の息子から、「今日社長に辞めるって言った」という電話がありました。(注・修行と言っても、帰ってきて私の仕事を継ぐということではありません。)一昨年の11月頃から行っていますので、1年半でギブアップ宣言したことになります。れっきとした24歳の大人が、自分で決断したのですから、親がどうのこうの口をはさむこともありませんが、私の仕事の延長線上で、先輩に頭を下げてお願いしたのですから、真っ先に修業先のその先輩である社長のお顔が頭に浮かびました。しかし、これもしょうがありません。今日辞めるのか、あるいは今月いっぱいなのかは知りませんが、修行先の社長が引き留めないなら、双方にとって悪い出来事ではないのかもしれません。と、ここまで書いたところで、その社長から電話がありました。社長は寝耳に水だったらしく、多少困惑されておりましたが、私としては、ご迷惑でなければ社長のところで頑張ることが一番いいことだと思っておりますとお伝えしたところ、そうですか、わかりました。ということで電話を切りました。翻意する可能性があるのかどうかわかりませんが、どちらにしても、辞めたけりゃ、辞めちまえー

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天気の良い日に陰干しを

先日、滋賀県のある小学校から額の修理を依頼され、その額が長さが3メートル近くもあるので、直接引き取りに行ってきました。わたしは基本的に車の運転が嫌いで多少億劫な気持ちを引きずって出発したのですが、名神高速から北陸道に入り、木之元インターで降りて、琵琶湖を迂回するように車を走らせると、あるところで、琵琶湖を見下ろすように視界が開けてきて、瀬戸内の海辺でも走っているような、のどかな美しい光景が目の前に広がってきました。わたしは、久しぶりの気持ちのよさというか、清涼感のようなものが、こころを満たしてくるように感じました。今、インターネットが普及し、わたし自身の生活も、ネット上でのあらたな競争のなかで日々忙しさを増しています。チャップリンのモダン・タイムスではありませんが、情報化社会という歯車が早く回れば回るほど、時間の無駄がなくなって、息つく暇がない。気がついてみれば情報化社会に呑み込まれてしまって、何が人間として幸せなのか見失ってしまう。時には、スイッチを切って、こんなのどかなところで、こころの陰干しでもしないと、掛け軸と同じようにこころの中にカビがはえてしまうかもしれません。みなさんも、梅雨が明けたら、天気の良い日に陰干しをして、カビがはえないように注意してくださいね。

掛け軸の修理、しみ抜きは長良川画廊直営表具工房、長良川工房へご相談下さい。

http://www.nagaragawakoubou.com/

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食いものや賛歌

『食いものや賛歌』1

日本の世の中には、レストランを紹介するブログや、テレビ番組はごまんとある。しかし、一方では、毎日およそ25,000人の人々が飢餓で死んでいるのだ。そのことをよく考えて、食いものの話はしなくてはいけない。さて、そういうことで、『食いものや賛歌』というカテゴリーを設けてから、随分と日が経つわけですが、第1回目は、わたしが週に2回は行くという蕎麦屋(うどん屋)さん。近頃の蕎麦屋というと、高級鮨屋か、料亭かと見まがうようなところや、塩で食えやら、香りをかげなどと、国民の主権を奪う店まである。おまけに高いのだ。食いものや商売で一番暴利をむさぼっているのが、このての蕎麦屋ではないかとも思う。わたしは、「天ぷら蕎麦」で千円以上取る店を蕎麦屋として認めない。蕎麦屋は昔から庶民の味方、庶民のオアシス憩いの場であるはずだ。だから蕎麦屋は先ず安くなくてはならぬ。安くて、儲からなくても、こころを込めて蕎麦を茹でる。蕎麦屋のようなシンプルにこころの通ずる商売は他になかなかない。ツルッとすすればそこのおやじが見えるのだ。

『手打ちうどん なお支店』
岐阜市三番町19番地 tel 058-262-8410
土曜定休 11:30~17:00 駐車場2台

うどん400円、きつねうどん500円、天ころうどん800円、味噌にこみ(並)600円、ざる蕎麦530円、カツ丼600円、天丼650円、天とじ丼700円。

『手打ちうどん なお支店』は、普通の蕎麦屋、うどん屋です。だけどおいしい。

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山田太一『本当と嘘とテキーラ』

最近、テレビドラマというものを見ることがなかったのですが、めずらしく先週の水曜日に、山田太一の『本当と嘘とテキーラ』というドラマを見ました。このドラマは、女子中学生の自殺をめぐって、そのまわりの人間や、人間関係の葛藤を、都会の垢抜けた風景のなかに明るいタッチで描いて、最後は、一生懸命まじめに正直に前を向いて生きようとする人たちの友情と希望のうちに終わるのですが、見終わってみてると納得できない気持ちが立ち上がってきました。この脚本は、肝心の自殺した女子中学生を描いていないのです。女子中学生の自殺は、まわりの嘘くさい登場人物たちの道化芝居を見せるための舞台装置として設定されているだけです。脚本によって、今の社会に、あるいは大人に、あるいは子供たちに、命の大切さとか、人間の信頼へのメッセージを送るつもりでいるのなら、何よりも先ず、自殺した女子中学生をちゃんと抱きしめるようにして書かなくてはいけない。そして、派手な外車に乗ったインチキ臭い好お父さんや、饒舌な人たちばかり登場させて安っぽい説教をさせるのではなく、虚構ではない、現実の社会と現実の生々しい人間の姿のなかに、「書くこと」を見つけなければ、若者のこころの奥底に届く言葉など紡ぎだせるわけがない。そんなふうなことを、山田太一の『本当と嘘とテキーラ』を見終わって感じました。

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荒川修作・シンポジウム『これからの都市と美術館』(岐阜県美術館)

昨晩、荒川修作さんをゲストに招いた『これからの都市と美術館』(岐阜県美術館)というシンポジウムに行ってきた。パネラーに、名古屋ボストン美術館館長の馬場駿吉さん、豊田市美術館前副館長の青木正弘さん、岐阜県美術館館長の古川秀昭さん、岐阜市長の細江茂光さん。実は積極的に行こうと思ったのではなく、数日前に古川秀昭さんに誘われたからである。(聴衆動員のためであろう)なかば社交的付き合いが理由であった。シンポジウムは、前半が荒川修作さんのインタビューで後半が荒川修作さんを交えてのディスカッション。いきなり、「本居宣長なんかゴミ箱に捨てろ」で、わたしはこころの中で喧嘩を売ってきたなと思ったが、全体を通じて荒川修作さんは、話の流れとは関係なく自分の言いたいことを言っていたというか吠えていた。荒川修作さんの話は、自分は世界最先端の生命科学者でもあるという話からはじまり、現在に至る近代文明批判、個人や社会の既成概念への批判から、それがいかに人間そのものの未知なる能力、本来備わっている感覚を疎外しているか、そして、人間は300歳までだって生きられるのだと力説し、自分は現代のレオナルドダビンチになるのだと、持論である「芸術、科学、哲学の総合」について語っていた。また、現在の予算を縮小され、思うような活動のできない美術館の現状を憂い嘆く司会役の青木正弘さんに対しては、「いつまでつまらんことを言っているんだ! 美術館なんて不要だからつぶれるんだ!」とさかんに噛みついていた。たしかに、荒川修作さんの言うように、美術館側が思うほど、世間は美術館に期待していないし、必要としていないとわたしも思う。また、お上に対しお金をくださいなんてお伺いを立てるのも情けない。実は青木正弘さんは私の高校三年生のときの担任で、荒川修作さんに叱られて焦っている先生の姿を見ることは愉快でなくもなかったが、往年の青木先生は、この日の小役人のような姿ではなく、生徒のことなんてどうでもいいというふうに、つなぎ姿で、夕方暗くなるまでグラインダーで石を削っていた。また、これも余分な話ですが、古川秀昭さんも青木先生と同じように美術館の現状について語っていましたが、この方も、今から30年ほど前はこんなことをしていたのです。このシンポジウムについて、現在の美術館の在り方について、また、荒川修作について、わたしなりに言いたいことを、ここから長々と書き継ぐのも大変などでこのへんで止めにしますが、古川秀昭さんにしても青木先生にしても馬場駿吉さんにしても、美術館という架せられた枠のなかで、一生懸命にやろうとされていることを、荒川修作さんのように一刀両断に切り捨てることが実のなることだとはわたしは思いません。古川秀昭さんにしても青木先生にしても馬場駿吉さんにしても、荒川修作さんとは違う場所で同じように現在と格闘しているのです。しかし、わたしも荒川修作さんと同じように、無責任なことを一言いうならば、組織というものは、それ自身大きくなろうとする特質を持つが、一方で、組織のなかに帰属する人間を小さくさせるものだと、青木先生の若き頃、古川秀昭さんの『いろはにほへど』を思うと、感じるのであります。

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