泣く男

フィギュアスケートの織田信成選手がおいおい泣いていました。それもテレビの前で、小さな子供が泣くようにおいおい泣いていました。小学校6年生の娘にいわせると、6年生の男子でも、先生に叱られたり、女の子と口喧嘩したくらいで泣く子がいるそうです。わたしのような、選挙には行かない、神様には手を合わせない、法を法とも思わないような人間が、国を憂うのもおかしな話しですが、日本は戦争になったら負けますね。こんなことで男が泣くような国は、対等な戦力なら間違いなく負けますね。わたしも、そう勇ましい人間ではありませんが、ともかく、男は敵が来れば、女や子供や家庭を守るために戦わなければならんでしょう。自分の故郷の平和を守るために戦わなければならんでしょう。だから、先ず、『男は泣くな』といわれるわけです。『女みたいにめそめそするな』といわれるわけです。男女平等なんて関係ありません。それが、少なくとも男子教育の基本ではないですか。そうわたしは思いますが、今の日本の教育は違うのですね。もはや日本にそんなことが起きるなんて、まったく今の親たちは夢にも思っていないのですね。織田信成選手がおいおい泣くのを見て確信しました。だからこそ、日本は絶対に戦争をしてはいかん。アングロサクソンのように、戦って平和を勝ち取るなんて思想を持ってはいかんのです。海外へ日本の若者を派兵するなんて絶対にあってはいかんのです。

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朝青龍の品格

わたしは、政治家であろうが、相撲の横綱であろうが、社会の手本になるような人格者でなければならないとは思わないし、マスコミや世間が品格や正義を掲げて、辞めろだの責任を取れなどと、わあわあと個人を攻撃するというのは決してよいことだとは思いません。朝青龍の引退は、実際は品行不良のかどで強引に辞めさせられたわけですが、そもそも相撲は、土俗的な庶民の娯楽、見せ物であって、なにも日本人の美徳を代表などしていません。力士に品格など求めるようになったのは最近のことです。相撲を日本の国技といい、日本人の営みの内に正統に位置づけたいのなら、土俵のあの白い俵の内は、乱暴で残酷な荒ぶる神の宿る場所であり、力士は荒ぶる神の化身となって民衆を熱狂させる。それが相撲の本来の伝統的姿であって、相撲という世界は品格とか権力とは対極にある民衆の怨念の渦巻く世界です。そういう意味で朝青龍は、まさに荒ぶる横綱として立派に相撲の伝統を担っていたではないですか。それをたかだかシナリオライター如きが、たかだかマンガ家如きが、荒ぶる神に向かって「私は横綱とは認めません」なんて勘違いも甚だしいのです。わたしは、なにも横綱であればなにをしても許されると言っているのではありません。朝青龍を荒ぶる神に祭り上げずとも、これまで朝青龍が非難されてきたことも、今回の一般人とのいざこざも、一人の人間をその人のその人たらしめているものを奪い葬るまでの断罪を受けることであろうかと思うし、誰にそんな権利があるのかと思います。わたしは、小沢一郎にしても、その秘書たちにしても、手錠をかけ、逮捕し、一刀両断に断罪されなければならない人たちなのかと思います。彼らは、自らの仕事を一生懸命全うしようと生きている人たちであるし、その仕事を離れれば、われわれと同じ一人の市民であって、決して極悪人ではない。長く日本人の道徳の規範となった儒教には中庸という言葉があります。何ごとも一方に偏るとうまく行かないということがあります。日本人で最も品格があったと思われる聖徳太子は「和を以て尊しとなす」と言っている。その聖徳太子が信仰した仏教では「一文(いちもん)不知ノ愚とんの身ニナシテ」と、人の品格を語る前に己の姿を見ろと教えております。要は、物事は一方から見るのではなく、多角的に注意深く心を働かせ、己を省みて、人に対して寛容に慈悲深くあらねばならんということです。わたしは、先に書いたように、何でも許されるということが言いたいのではありません。朝青龍の素行にしても、小沢一郎のお金の問題にしても決して褒められることではない。しかし、そのことよりも、今の社会が、マスコミも世間も、こぞって品格だの正義だの振りかざすことのほうが、よほど気をつけたほうがいいし、そういう傾向が強くなる社会というのは、不況や政治腐敗などへの不満が背景となって起こった二・二六事件前後の社会状況と似ていないとは必ずしもいえないでしょう。

最近、山本空外の「無二的人間」を読みました。無二的人間とは、簡単にいえば、他人を生かして、自分を生かすということです。断罪して切り捨てるのではなく、朝青龍も小沢一郎も生かす。生かして社会のために役立たせる。そういう道というのは、紛争のない、諍いのない、穏やかな社会への道筋ではないか。そんなことが書いてある本です。

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市橋達也と「母に捧げるバラード」

市橋達也の親の話しを聞いていたら海援隊の『母に捧げるバラード』を思い出しました。僕は武田鉄矢という人がそう偉い人だとは思わないけれど、この歌の詩は、親の姿の見本として大いに共感できます。この歌の母は、《働いて、働いて、働きぬいて、休みたいとか遊びたいとか、そんな事おまえいっぺんでも思うてみろ、そん時は、そん時は、死ね、それが人間ぞ、それが男ぞ》と言うのです。 休みたいとか遊びたいとか思っただけで、死ねですよ、市橋達也ならどうです。僕は市橋達也のような親がどうだとかではなく、『母に捧げるバラード』には、教育の原点、正しい親子の姿があると絶大に思いますね。

↓武田鉄矢のトークと歌を是非聞いてみてください。

http://www.youtube.com/watch?v=xu2_ZjGs8Ls

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吉田松陰

このブログのタイトル『知と愛』の知は、儒教的なあるいは仏教的(禅的)な「意志」。愛は国学でいうところの「情(こころ)」ということで、「漢心(からごころ)」と「大和心」といいかえても、「吉田松陰」と「本居宣長」といいかえてもとこのブログの最初に書いたのですが、吉田松陰という人は実は情の人であり愛の人であって、そう言う意味では愛があってこその知であって、本当に偉い人というのはみなそうなんだろうと思います。

吉田松陰が江戸伝馬町の獄で弟子たちに書き残した「留魂録」の有名なくだりです。

《今日死を決するの安心は四時の順環に於て得る所あり。蓋し彼禾稼を見るに、春種し、夏苗し、秋苅、冬蔵す。秋冬に至れは人皆其歳功の成るを悦び、酒を造り醴を為り、村野歓声あり。未た曾て西成に臨て歳功の終るを哀しむものを聞かず。吾行年三十、一事成ることなくして死して禾稼の未た秀てす実らざるに似たれば惜しむべきに似たり。然ども義卿の身を以て云へば、是亦秀実の時なり、何ぞ必しも哀まん。何となれは人事は定りなし、禾稼の必す四時を経る如きに非ず。十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自ら二十の四時あり。三十は自ら三十の四時あり。五十、百は自ら五十、百の四時あり。十歳を以て短とするは蟪蛄をして霊椿たらしめんと欲するなり。百歳を以て長しとするは霊椿をして蟪蛄たらしめんと欲するなり。斉しく命に達せずとす。義卿三十、四時已に備はる、亦秀で亦実る、其秕たると其粟たると吾か知る所に非ず。若し同志の士其微衷を憐み継紹の人あらば、乃ち後来の種子未た絶えず、自ら禾稼の有年に恥さるなり。同志其是を考思せよ。》

私は30歳で生を終わろうとしている。私はいまだ一つも成し遂げることがなくこのまま死ぬのは、穀物が花を咲かせず、実をつけなかたことに似ているから惜しむべきことのようであるがそうではない。私も花咲き実りを向かえたのだ。春には種をまき、夏には苗を植え、秋に刈りとり、冬にそれを蓄える。農事に四季の巡りがあるように、人間のにも同じように四季があるのだ。10歳の死にも、20歳の死にも自ずと四季があり、私も自ずと四季があったのだ。それが単なるもみ殻なのか、成熟した栗の実であるかは私のしるところではない。もし、私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくことと同じで、収穫のあった年に恥じないことになろう。

だから今淡々と死を向かえると言うのです。

吉田松陰のこういうところが、本居宣長の嫌った儒教的一面とも思えますが、実はそうではないです。本居宣長の「敷島の大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜花」と同じ大和心、同じ心持ちなのです。たわわに実った稲穂も、朝日に匂ふ山桜花も、人間の命も、同じだということです。人間の寿命は自分で決めることはできない、しかし死はかならずやってくる。死ぬということは自然に帰るということです。自然の営みとともに人間の営みがあり、自然に生かされ、自然のなかに帰るということです。はかないけれど、悲しいけれど美しい。古来の日本人は、命をそういうふうに感じてきたのです。しかし、誤解しないでください。本居宣長も吉田松陰も、神風特攻隊のようにお国のために死ぬことが美しいと言っているのではない。死を思うことによって生を思い、生を思うことによって死を思うのです。たわわに実った稲穂も山桜花も、生の輝き、生への渇望があるからこそ、美しいなと、こころにしみるように感じることができるのです。

今日10月27日は吉田松陰の命日らしいです。

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南條文雄という人

前回の「笠原研寿という人」に引き続き、「南條文雄という人」に少し触れておきたいと思います。南條文雄という人は大変詩作が好きであったようです。またそれを揮毫することを好んだようで多くの書を遺しています。南條文雄の書は残念ながら高く売れず、また安くとも売れずで、これは書画屋として反省しなければならないのですが、売れない人の作品を見ると、「あぁ、売れない人だ」という思いが先に立ってしまいます。もちろん、「(偉い人なのに)どうして売れないの」、「どうしてこんなに安いの」とも思うのですが、どうしてもその現実に負けてしまう。何か無気力状態になってしまう。そして「あぁ、売れない人だ」ということで過ぎていってしまう。これは書画の価値をはかる基本中の基本ですが、芸術家の書画であっても、学者、政治家、宗教家のような歴史人物の書画であっても、その為した仕事の価値、その人物の魅力によって決まってくるのです。そうでなければならないのです。そして、書画の価値と書画の価格というのは均衡していないとおかしい。価値のある人の書画が安く、価値のない人の書画が高くてはおかしいのです。もちろん量の問題もあります。当然ですが、作品が希少であればその価値以上に高くなる。また、量が多ければその価値以下に安くなる。南條文雄の場合後者ですが、だからといってその作品の価値が低いというわけではないのです。価値のあるものが安いのですから結構なことですが、問題はそのバランス、価値と価格のバランスが不当に崩れているのです。結局、書画屋の仕事というのは、そこをちゃんと見据えて商売ができるかどうかということが肝要なところです。不易流行という言葉がありますが、書画屋は不易を守ってこそ成り立つ、まずもって不易を求めなければならないと私は信じます。話しが回りくどくなりましたが、要は南條文雄は不当に安いと言うことがまずもって言いたかったことであります。そして、今はその現実の中でお客さんにお勧めするしかないのでありまして、『お金の無いかた』、『床の間に何でもいいから掛け軸が欲しい方』、『一幅で一年中用を足したい方』、また『真宗門徒の方』はぴったしでございましょう。南條文雄の場合、長良川画廊にお越しになれば、だいたい綺麗な二行詩書掛け軸で『20.000円以下』でございますから、通信販売やギフトショップで売っているようなあわれな掛け軸をお買いになるのであれば、どうぞ南條文雄の書をお買い下さい。そんなことで、少しずつ売れるようになれば、価格もその価値にふさわしい水準になってくるでしょう。さて、「南條文雄という人」についてですが、私はこのように偉そうなことをいいながら、実は南條文雄について梵語学者で郷土の偉人であるという程度の、「あぁ、売れない人だ」という程度の浅はかな認識しかなかったのです。(だから売れないのか!)しかし、南條文雄の人生の大凡を知り、南條文雄が自らの生涯の所感を述べた「爪雪処七十九年」を読み、そのなかに述べられている、《この身もまた同じ仮りの器である。》というところに我が意を得たりと痛く感動したのであります。そして、この人物の偉大さを知ったのであります。では、私ごときが余分なことはいいますまい、是非みなさまにも読んでいただきたく、ご紹介だけさせていただこうと思います。

「爪雪処七十九年」へ

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